「吉本にだって、プロレスは出来る」をキャッチコピーとして95年に関西の芸能業界最大手の吉本興業が女子プロレス事業に進出。バンプレスト、関西テレビの支援を得て「吉本女子プロレスJd’」を設立。全日本女子プロレス、JWP、LLPW、ガイアジャパンに次ぐ5番目の女子プロレス団体として95年12月24、25日の両日に亘り、大阪・ベイサイドジェニーにてプレ旗揚げ戦を開催。(Jd’はジャンヌ・ダルクの略)
代表取締役には夘木基雄が就任、覆面コミッショナーとして上方落語の大御所、桂三枝(文枝)が加わりましたが、吉本=お笑いのイメージで女子プロレスの興行が行われることを嫌い、エンターテインメント性を排除しリング上では吉本のカラーを反映させることなく真摯な試合ぶりを観客に見せることをコンセプトとしました。
既に女子プロレス団体が4つも先行して存在していたこともあり老舗である全日本女子プロレスとは最初から協調方針政策を取り、引き抜きなどを避けて全女の松永高司会長了解のもと、前94年11月20日、全女東京ドーム大会でOGユニット「ライディーン・アレイ」として限定復帰していたジャガー横田、バイソン木村をエース格に据え、全女から引退していた白鳥千香子、李由紀、さらには神谷美織にマスクを被せてマスクウーマン、Coogaに変身させました。
また、ヒールサイドとしてジャガー、バイソンと同じくライディーン・アレイで復帰したライオネス飛鳥を起用しました。ジャガーのコーチによる小杉夕子、阿部幸江、曽我部美幸ら生え抜きの新人も続々デビューしました。
翌96年4月14日、六本木ベルファーレにおいて東京旗揚げ興行が行なわれ、メインイベントではバイソンが全女の豊田真奈美に敗れています。
Jd’は交流戦、対抗戦についてはガイアジャパン同様、全方位外交でした。女子プロレスに関しては真面目に取り組んで来たことは高い評価を得ましたが一方で全女の焼き直し的なイメージも払拭は出来ず、個性的な選手は少なかったように思います。
Jd’の横浜文化体育館初進出「横浜SUPER BREAK」は98年3月8日(観衆3,400人発表)に開催されました。この日はジュニア・オールスター戦に近いラインナップが組まれ、団体混合ワンナイト・タッグトーナメント、「THE NEXT」が行われていますので第1試合から振り返りたいと思います。
第1試合はトーナメント1回戦、本命である中西百重(全女)&坂井澄江組高橋奈苗(全女)&加藤天美(ガイアジャパン)組は13分43秒、中西が加藤天を前方回転エビ固めで降しました。
第2試合、トーナメント1回戦、対抗馬と言える小杉&本谷香名子(JWP)組と阿部&和田部美穂(LLPW)組は11分4秒、小杉がジャーマン・スープレックスホールドで阿部をフォール。
第3試合はトーナメント2回戦、中西&坂井組が抽選で1回戦シードとなった元川恵美(IWAジャパン)&曽我部組と対戦、8分27秒、坂井が柔道出身の底力を見せた胴絞めスリーパーで元川をギブアップさせて中西&坂井組が決勝進出。
第4試合もトーナメント2回戦、小杉&本谷組が1回戦シードのファング鈴木&ミサ岡田(SPWF)組と対戦、14分、小杉がダイビング・フットスタンプからの体固めでファングを撃破し決勝進出。決勝は中西&坂井組と小杉&本谷組の激突という、順当な組み合わせとなりました。
第5試合は格闘技戦ルール時間無制限1本勝負、高橋洋子vs薮下めぐみの対戦。柔道出身でグラウンドの強さには定評がある薮下でしたが、総合格闘技での経験の差が出て16分7秒、ヒールホールドで高橋のギブアップ勝ち。高橋はJd’のレフェリーを務める傍ら、女子格闘技で実績をあげていました。
第6試合、李と全女、前川久美子のシングルマッチは実力差がハッキリと出て11分15秒、カカト落としからの片エビ固めで前川の完勝。
第7試合はトーナメント決勝戦、中西&坂井組と小杉&本谷組の一戦は15分48秒、坂井が小杉を腕ひしぎ逆十字固めでギブアップさせ、Jd’同士で勝敗がついて中西&坂井組がTHE NEXTトーナメントに優勝しています。
セミファイナルはジャガーとCoogaのシングルマッチ。17分31秒、フィッシャーマン・バスターからの片エビ固めでジャガーの貫禄勝ち。
メインイベントはラス・カチョーラス・オリエンタレスvs平成最凶猛毒GUREN隊の8人タッグマッチ下田美馬&三田英津子&遠藤紗矢(以上3人はネオ・レディース)&白鳥組vsライオネス飛鳥&シャーク土屋(FMW)&ザ・ブラディー&龍羅(フリー)組の一戦は26分7秒、土屋のビッグファイヤーが誤ってレフェリーに直撃した為ラスカチョの反則勝ちとなりました。
Jd’はその後、ジャガー、バイソン、Coogaら旗揚げメンバーが引退、人気も下降線を辿り女子プロレスと女優業の両立プロジェクト「アストレス」をテコ入れに実施しましたがアストレスの東城えみが企画でAV撮影を道場のリング上で行ったことが発覚、良識あるファンからの非難を浴びて人気はさらに急落、03年には吉本興業が経営から撤退、JDスターに引き継がれましたが、こちらも長続きせずに05年には活動を休止しています。
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