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2020年10月04日22:32

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ありがとう!横浜文化体育館(26)

18年は10月21日にも「旗揚げ記念シリーズ」最終戦(観衆1,999人発表)が行われ、年2回の開催となりました。

メインイベントは三冠ヘビー級王者、ゼウスに宮原健斗が挑戦。34分の激闘の末、宮原がシャットダウン・スープレックスホールドでゼウスからフォールを奪い王座獲得。宮原は17年5月21日、後楽園ホールで諏訪魔を破って三冠ヘビー級王座を獲得して以来これが4度目の戴冠となりましたが、カリスマ性が出て来ました。

セミファイナルは世界タッグ王者チーム、諏訪魔&石川修司組の「暴走大巨人」が真霜拳號&KAI組の挑戦を受けての防衛戦。17分3秒、諏訪魔がラストライドからの体固めでかつての同門の後輩であるKAIを破り王座防衛。

ジェイク・リーはデュラン・ジェイムスをジャイアント・キリングからの片エビ固めで破りGAORA TV王者TAJIRIは「力道山三世」力(百田)を11分7秒にチキンウィング・アームロックで破り王座防衛を果たしたいます。

最後の全日本プロレス横浜文体大会は19年2月24日、「EXCITE SERIES」最終戦(観衆2,109人発表)でした。

メインイベントは宮原の三冠ヘビー級王座に諏訪魔が挑戦。両者の闘いは毎回、ゴツゴツとした肉体の激しいぶつかり合いとなり、見応えのある攻防になりますが最後は13歳年下の宮原の若さが上回ったか、32分29秒、シャットダウン・スープレックスホールドで宮原に軍配が上がりタイトル防衛に成功しました。

セミファイナルは大日本プロレスの関本大介&岡林裕二組の保持する世界タッグ王座にJリー&崔領二組が挑戦。「ストロングBJ」のトップコンビである王者組はやはり強く、29分6秒、岡林がコーナーポスト最上段からのゴーレム・スプラッシュによる片エビ固めでリーをフォールし、関本&岡林組が防衛を果たしました。

また、この日渕正信のデビュー45周年記念試合が行われています。74年4月22日、徳島・阿波池田町四国電力横広場特設リングで大仁田厚を相手にデビュー。渕は72年に一度全日本プロレスに入門していますが、家庭の事情で一旦デビュー前に辞めて、再入門していますので、そのまま渕が実家に戻らずにいれば、大仁田より先に「全日本プロレス生え抜き第1号新人」としてデビューしていたでしょう。

大仁田も渕がデビューした74年「第2回チャンピオン・カーニバル」4月14日、後楽園ホールでの佐藤昭夫(昭雄)戦でデビューしていますから実際には8日間しか変わらないことになります。

引退と復帰を繰り返し、派手な話題作りでトップレスラーにのし上がった大仁田とは対象的で、地味な渕は大仁田の陰に隠れる存在でしたが、一度も退団することなく、同一団体に45年現役で在籍したのは渕だけであり馬場、猪木もなし得なかった偉業です。

この日渕は大森隆男とタッグを組み、秋山準&百田光雄組と対戦。9分35秒、得意技と言っていい首固めで百田を破り、45周年を自らの手で勝利で飾りました。

19年6月4日、世界ジュニア・ヘビー級王者だった青木篤志がバイク事故で亡くなるという哀しい出来事がありました。

全日本プロレスは同年7月、秋山が「一通りの役割は終わった」とオールジャパン・プロレスリング株式会社の代表取締役を辞任、オーナーだった福田剛紀(武蔵工業代表)が代表取締役に就任。秋山は全日本プロレスでは初のGMになりました。

しかし今年20年に入り秋山はGM、取締役から外され、サイバーエージェント傘下に入ったDDTにレンタル移籍したことを発表。福田社長との確執が表面化しています。前19年末には福田社長より「TAJIRIに若手のコーチをしてもらう」と言われたとのことで事実上の解任でした。「王道の継承者」がいなくなり、全日本プロレスはまた新体制で再スタートを切っています。
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