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2020年09月29日22:33

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ありがとう!横浜文化体育館(21)

三沢光晴体制になってから初の横浜文化体育館大会は00年1月23日、「新春ジャイアント・シリーズ」最終戦(テレビ収録、観衆6,150人超満員発表)でした。

私はこの興行は生観戦していますが、満員には違いなかったものの、前回書きました前99年1月15日の同所での興行の6,200人発表より50人だけ少ないとは思えずかなりの水増し発表と思われます。

メインイベントはベイダーの持つ三冠ヘビー級王座に秋山準が挑戦。ベイダーは前99年10月30日、日本武道館で三沢に勝って王座獲得しており2度目の戴冠。16分13秒、ラリアットからの体固めで秋山を破り初防衛。

セミファイナルは川田利明&田上明組が大森隆男&高山善廣組の「ノーフィアー」と対戦、大森がアックスボンバーからの片エビ固めで川田をフォールし王道マットにも世代交代の流れが押し寄せて来ました。

三沢は小川良成との「アンタッチャブル」でスティーブ・ウイリアムス&スコーピオ組と対戦、小川がバックドロップホールドでスコーピオを倒しています。

00年5月13日には前年全日本プロレスを退団してオレゴン州ポートランドで客員教授をしていた鶴田がフィリピンのマニラの病院で肝臓の移植手術を受けましたが出血多量で死亡、49歳の若さでした。プロレスファンは馬場、鶴田を2年連続で失い大きなショックを受けました。

兼ねてから噂されていた馬場元子未亡人と三沢達現場との確執が表面化。6月9日、日本武道館「スーパー・パワー・シリーズ」最終戦で三沢は会見も行わず会場を後にし、6月16日には全日本プロレスからの移籍組25選手、フロント含め総勢40人が集結し「プロレスリング・ノア」旗揚げを発表しました。既に三沢は5月28日の役員会で代表取締役を解任されていました。

全日本プロレスに残された日本人所属選手は川田と渕だけになり(マウナケア・モスマンは外国人扱いの為除外)、日本テレビも「全日本プロレス中継30」を打ち切りました。

選手大量離脱に遭った全日本プロレスはフリー、インディーズ団体の選手を借り受け「サマー・アクション・シリーズ」を開催、第2戦の7月2日、後楽園ホールでリングに挨拶に立った馬場元子オーナー(この後社長になる)から「皆様にこ紹介したい選手がいます」とコメントがあった後、雷鳴音と一緒に「サンダーストーム」のテーマが流されると観客席からは悲鳴にも似た大歓声が沸き起こり、90年4月にSWS移籍の為に退団した天龍が姿を現し、10年ぶりに復帰を表明。

川田と渕は新日本プロレスとの対抗戦に活路を見出すことになります。また日本テレビの放送は打ち切られましたが、11月よりCS放送「GAORA」が月1回程度の不定期放送を開始しています。また、同じCS放送の「ファイティングTVサムライ」は日本テレビ放送中の97年暮れから単発にて日本テレビが中継しない大会を中心に中継していましたが、ライバル局であるGAORAの放送開始で一旦は中継を中止したものの再開しています。

ノア勢大量離脱後初の横浜文体大会は01年3月3日「エキサイト・シリーズ」最終戦(観衆4,500人発表)。メインイベントは天龍の保持する三冠ヘビー級王座にモスマン改め太陽ケアが挑戦。

三冠ヘビー級王座はベイダーから小橋健太(ノア移籍後は建太に改名)に移動しましたが全日本プロレス退団の為剥奪され、00年10月の「ジャイアント・シリーズ」で王座決定トーナメントが開催され、10月28日、日本武道館での優勝決定戦で天龍が川田を破って11年ぶりに三冠ヘビー級王座返り咲きを果たしました。

試合は18分36秒、天龍がラリアットからの片エビ固めで勝ち王座初防衛を果たしています。

セミファイナルは00年「世界最強タッグ決定リーグ戦」で優勝したスティーブ・ウイリアムス&マイク・ロトンド組の「バーシティクラブ」が渕正信&藤原喜明組と対戦。ウイリアムスがオクラホマ・スタンピートで渕からフォール勝ち。川田は元リングスの長井満也を破りました。

02年1月14日、「新春ジャイアント・シリーズ」最終戦の横浜文体大会(観衆4,500人発表)では01年1月28日、東京ドームでの馬場三回忌追悼及びスタン・ハンセン引退興行で全日本プロレスに参戦し、全日本プロレスの救世主となった新日本プロレス所属だった武藤敬司が太陽ケアと組んでジム・スティール&マイク・バートン組と世界タッグ王座の防衛戦。

世界タッグ王座は川田&田上明組がノア勢大量離脱前の王者チームでしたが田上の全日本プロレス退団で空位となり、太陽ケア&ジョニー・スミス組→天龍&安生洋二組と→武藤&ケア組と移動。武藤&ケア組は新日本プロレスの藤波辰爾&西村修組を破りIWGPタッグ王者チームにもなっており、さらに武藤は01年6月8日、日本武道館で天龍に勝って三冠ヘビー級王座も保持、全日本マットでウイリアムス、スコット・ホール(新日本の会場)、さらに新日本プロレス同士の蝶野正洋と全日本のリングで、藤波(新日本の会場)と4度の防衛をしており、「六冠王」と絶好調でした。

試合は26分58秒、武藤がシャイニング・ウィザードからスティールを体固めに破り防衛していますが、このシリーズ終了後の1月末新日本プロレスとの契約更改に応ぜず、「新日本プロレスの金庫番」と呼ばれた青木謙治氏を始めフロント数名と共に退団を発表しています。

武藤に追随したのは小島聡、ケンドー・カシン、武藤経由でWCWルートからカズ・ハヤシが参戦。武藤は02年2月24日、日本武道館で川田に敗れ三冠ヘビー級王座から転落しましたが、2月26日に全日本プロレスに入団会見を行っています。

武藤は02年9月30日に記者会見を行い10月1日付で全日本プロレスの代表取締役に就任、馬場元子社長は同年10月27日、日本武道館での創立30周年記念興行、「王道新世紀 最終章」を最後に退陣。全日本プロレスは武藤体制になりました。

03年6月8日の横浜文体大会(観衆4,500人発表)では世界タッグ王座決定ワンナイト・トーナメントが行われました。世界タッグ王座は武藤&ケア組→ブライアン・アダムス&ブライアン・クラーク組の「クロニック」→小島&ケア組と移動しましたがケアが負傷の為ベルトを返上。

1回戦では武藤&嵐(高木勇)組がザ・グラジエーター&ギガンテス組に勝ち、小島&ジミー・ヤン組は川田&渕組に勝利。決勝では武藤&嵐組が小島&ヤン組に勝って王座を獲得しています。
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