さて、リングには姿を現したものの、タッグパートナーである天龍源一郎に牙を向いて一人で闘うと宣言した阿修羅・原ですが、「ヒットマン」と名付けられました。
多少シチュエーションは異なりますが、これは前84年2月3日に新日本プロレスの札幌中島体育センターで起きた藤原喜明の雪の札幌長州襲撃事件が元ネタではないかと思われます。
藤原は「テロリスト」として商品価値が上がり、前座からメインイベンターにまで昇り詰め、UWFでトップになりましたが、長州襲撃で話題を集めたのは原も同じでした。後はそのチャンスをモノに出来るかは本人次第…
85年「激烈!スーパー・パワー・ウォーズ」最終戦、4月25日、木更津市倉形スポーツ会館(観衆3,100人発表)大会。言うまでもなく、82年1月15日、スタン・ハンセンが全日本プロレスに引き抜かれ、初(正式には再)参戦を果たした会場です。
メインイベントでは全日本プロレストップ3が揃い踏み。馬場&鶴田&天龍組とハンセン&テッド・デビアス&ボブ・ブラウン組との対戦、8分6秒、天龍がBブラウンを延髄斬りからのエビ固めでフォールし全日本最強トリオが最終戦を飾りました。
セミファイナルはジャパン対国際血盟軍、長州力&キラー・カーン&谷津嘉章組vsラッシャー木村&鶴見五郎&剛竜馬組の一戦、13分28秒、長州がリキラリアットからの体固めで剛からフォール勝ちを奪い、ジャパン軍も最終戦白星で終えています。
NWA世界ヘビー級王者、リック・フレアーはセミ前に出場、ノースカロライナでは旧知の間柄であり、全日本でも82年6月の「エキサイト・シリーズ」終盤戦でタッグを組んだディック・スレーターと組んでアニマル浜口&栗栖正伸組と対戦。
フレアーの初来日はこれより12年前の73年6月の国際プロレス「ビッグ・サマー・シリーズ」。この時に浜口と対戦しており、久々の対戦。新日本プロレス出身の栗栖とは初顔合わせとなりましたが、このクラスを相手だと余裕綽々のフレアーが12分5秒、足4の字固めで栗栖からギブアップを奪いました。
石川敬士とロン・バスのシングルマッチはデビアスがハンセンのパートナーに起用されて以来すっかり精彩をなくしたバスが7分13秒に逆さ押さえ込みでフォール負け。
全日本対ジャパン、マイティ井上&渕正伸組vs小林邦昭&新倉史裕組は10分23秒、渕が新倉をバックドロップからの体固め。同じく全日本対ジャパンのグレート小鹿&大熊元司組と保永昇男&仲野信市組は10分20秒、大熊が仲野をジャンピング・ヘッドバットから体固め。全日本プロレスの連勝となりました。体幹の太さが両団体ではそもそも違いました。
全日本同士のロッキー羽田&マジック・ドラゴン組vs百田義浩&百田光雄組の百田兄弟の一戦は13分10秒、Mドラゴンが回転エビ固めで光雄からフォール勝ち。
全日本対国際血盟軍、ターザン後藤とアポロ菅原のシングルマッチは9分53秒、雪崩式ブレーンバスターからの体固めで菅原に軍配が上がり、全日本対ジャパン若手対決、川田利明は笹崎伸司を8分54秒、ジャーマン・スープレックスホールドで降しました。
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