85年「激突!オールスター・ウォーズ」終盤戦のヤマ場、第27戦2月1日、札幌中島体育センター(テレビ収録、観衆7,800人満員発表)大会。
74年から恒例となっていた新日本プロレスの札幌雪祭り興行をジャパンプロレスとの提携により全日本プロレスが横取りした感じです。(75年は開催なし、77年は3月24日に開催、78、80年は2日間連続興行)
ちょうど1年前の84年2月3日、新日本プロレスが札幌中島で興行を行い、藤原喜明が入場して来る長州を通路で鉄パイプで襲撃、予定されていた藤波vs長州のWWFインターナショナル・ヘビー級選手権試合は試合不成立となりました。
セミファイナルではダイナマイト・キッドとデービーボーイ・スミスがWWFジュニア・ヘビー級王座決定リーグ戦で対戦しキッドがリングアウト勝ちしています。
長州、藤原、キッド、スミスみんな新日本プロレスから離れて行ってしまいました。ちなみに新日本プロレスは同時期、北海道ツアーはありません。
メインイベントは鶴田&天龍組vs長州&谷津嘉章組の全日本対ジャパンタッグ頂上対決。谷津より格上であるマサ齋藤、キラー・カーンは当時はアメリカに家族がおり、向こうでも試合をしていてフル参戦しない時も出てくると思われるところから、このカードを「頂上対決」としてもいいのではないかと思います。
4人のみの対戦はこれが初。試合は荒れ模様となり、鶴田の鉄柱攻撃で谷津が額から大流血。血を見た谷津はエキサイトしたか、鶴田に執拗に殴りかかり止めに入ったレフェリーを突き飛ばし、交代しようとして入ってきた長州が谷津を抑えて止めようとしたところ、谷津は長州も突き飛ばして錯乱、21分7秒、ノーコンテストとなっています。
しかし、この谷津の「錯乱」は次のストーリーラインを生むことが出来ず、これきりに終わっています。シリーズ最終戦の2月5日、東京体育館では鶴田&天龍組vsM齋藤&長州組のカードが決まっていましたが、新日本プロレスならここで谷津の錯乱を活かしてM齋藤を谷津に変えて決着戦を組むところですが、馬場はそう言ったアングルを嫌います。
セミファイナルは馬場&ザ・グレート・カブキ&マイティ井上組とタイガー・ジェット・シン&鶴見五郎&ジプシー・ジョー組で13分38秒、カブキがジョーを正拳突きから体固め。
セミ前にはタイガーマスクvs小林邦昭の初のシングルマッチ、佐山聡の初代タイガーマスクに牙を剥いたことで「虎ハンター」としてブレイクした小林。新日本プロレスにおける佐山タイガーと小林との試合は黄金カードとなりましたが、2代目タイガーマスクは小林とは特に何の因縁もなく、初代との抗争より明らかに盛り上がりには欠けました。
ロープに振られて戻ってきたタイガーマスクに小林がヒップトス(腰投げ)、しかしタイガーマスクがこれを踏ん張って堪え、逆に小林を投げようとします。そのままトップロープ越しに縺れて両者場外に転落。小林は場外でタイガーマスクのマスクを破ったところで14分56秒に両者リングアウトの引き分け。
この試合も小林のマスク剥ぎというシーンはありましたが、次に繋がるような因縁とか遺恨のようなものはありませんでした。
M齋藤&Kカーン組はジェリー・ローラー&ジミー・バリアント組と対戦。病気をして身体が落ちていたバリアントが狙われ、僅か4分24秒、サソリ固めでM齋藤がバリアントをギブアップさせています。
グラン浜田&渕正伸組vsキッド&スミス組は9分2秒、スミスがオクラホマ・スタンピートから浜田を体固め。浜田は全日本プロレス参戦後、初のフォール負け。体格差は如何ともし難かった…。
全日本対国際血盟軍、石川敬士&マジック・ドラゴン組とラッシャー木村&剛竜馬組の一戦は11分14秒、R木村がラッシング・ラリアットからMドラゴンを体固め。
全日本対ジャパン、佐藤昭雄&ターザン後藤組vsアニマル浜口&寺西勇組。阿修羅・原が前84年10月に突如失踪してしまった為、空位になっていたアジア・タッグ王座決定戦が2月3日、北海道立北見体育センターで行われることになり、ジャパン選抜チームに選ばれた浜口&寺西組が張り切り、(全日本選抜チームは石川&渕組)9分22秒、浜口がT後藤をブロックバスター(サモアン・スープレックス)からの体固めで降しました。
栗栖正伸&保永昇男組とペーロ・アグアヨ&ブラソ・デ・オロ組は11分39秒、保永がオロを前方高角度回転エビ固め(ウラカン・ラナ)で降し、全日本対ジャパン、グレート小鹿&大熊元司組vs仲野信市&笹崎伸司組は8分17秒、小鹿が笹崎をフライング・ニードロップから体固め。
第1試合の川田利明とアポロ菅原は8分54秒、菅原がサンダーファイヤーからの片エビ固めで勝利を飾りました。
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