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2020年01月31日22:39

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週プロ流智美あの日あの時予想2019年総括(22)

第88戦 6月5日発売号●【予想】力道山、田中敬子さんと挙式。(63年ホテルオークラ)【正解】藤波、海外武者修行に出発。(75年新日本プロレス東京国際空港)【参考】2013年6月5日発売号はIWGP挑戦者決定トーナメント、藤波、坂口から初フォール勝ち。(85年新日本プロレス新潟市体育館)

【解説】力道山は本名・金信洛、1924年11月14日、北朝鮮出身ということは現在では周知の事実になっておりますが、当時は本名・百田光浩、長崎県大村市出身となっていました。

力道山の結婚は聞いているだけで3回あり、1回目は北朝鮮にいる時期の話で娘さんを授かっています。02年の釜山で行われた陸上競技大会に「力道山の孫」である女性が出場して話題を集めました。

2回目は大相撲二所ノ関部屋の力士となってからの小沢ふみ子さんという女性がおりますが、正式に入籍していたかは定かではありません。また力道山は長女・智恵子、長男・義浩、次男・光雄の3人の子供がいましたが、3人はふみ子さんとの間に出来た子供ではなく、京都の芸者に生ませた子供であるとされています。

力道山は50年に大相撲を廃棄し、51年にはプロレスヘ転向、52年2月にはハワイでレスラーとしての手ほどきを沖識名にしてもらう為に修行に出かけましたが、ハワイからふみ子さんに当てた手紙の数々が遺されています。

しかし、53年に力道山が凱旋帰国し日本橋浪花町(現在の日本橋久松町)に道場兼事務所「プロレスセンター」をオープンする頃になるとふみ子さんとは離別。「世界チャンピオンになるまでに嫁はいらない」と独身宣言。

力道山が唯一頭の上がらなかった存在である「森のお母さん」、義兄弟の盃を交わした中日ドラゴンズ、大洋ホエールズの森徹の母のぶさんが、茅ケ崎警察署長・田中勝五郎氏の娘で日本航空のスチュワーデス(キャビンアテンダント)をしていた敬子さんを紹介。

一目惚れした力道山は敬子さんに猛アタックをかけて力道山38歳、敬子さん21歳で63年6月5日、ホテルオークラで結婚式を挙げました。招待客300人、費用1億円と言われています。新婚旅行は世界一周の旅。

幸せの絶頂にいた力道山ですが、それから僅か半年後の12月8日には赤坂のクラブ「ニューラテンクオーター」で反社会的勢力の暴漢に刺され、一週間後に死亡するという人生の明暗を象徴する出来事が起きてしまう訳であります。

敬子夫人はお腹に赤ちゃんがおり、力道山死後の64年に力道山から見て次女である浩美さんが生まれています。

藤波の海外武者修行に関しては本連載(3)、1月23日発売号分と(7)、2月20日発売号分、木戸修凱旋帰国の箇所で触れていますので、こちらを参照頂けると幸甚です。

「海外遠征に出発した日」がどの程度重要なのかはわかりませんが、少なくとも出発そのものにはさほど大きな影響はないかと思います。帰国もそうですが、海外修行に出かけ、現地のリングでどのような実績を残したか、凱旋マッチでどの位のインパクトを観客やテレビ視聴者に与えたか、そちらの方が重要なのではないかと私は考えます。

※対戦成績は88戦18勝70敗。
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