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2020年01月28日22:48

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週プロ流智美あの日あの時予想2019年総括(19)

第85戦  5月15日発売号●【予想】大木金太郎、ジョー・ルダック破り日本で7年ぶりにインターナショナル王座を防衛。(80年国際プロレス大宮スケートセンター)【正解】ハルク・ホーガンvs長州力、最後のシングル対決。(84年新日本プロレス熊本市体育館)【参考】2013年5月15日発売号はIWGP決勝リーグ戦前田明(日明)vsカネック(83年新日本プロレス後楽園ホール)

【解説】19年6月に流さんは辰巳出版より「東京12チャンネル時代の国際プロレス」という新刊を上梓することになり、74〜81年の後期国際プロレスについて東京12チャンネル「国際プロレスアワー」のチーフディレクターであった田中元和(たなか げんな)氏のメモから取材されて詳細に書かれていますが、その予告編もかねて予想しました。

80年2月18日、高田馬場BIGーBOXで大木金太郎の国際プロレス入団会見が行われています。大木は前79年暮れまで全日本プロレスの「世界最強タッグ決定リーグ戦」のリングに上がっていましたが、突然の国際プロレス入団発表となりました。

大木は席上「日本のリングでインターナショナル王座の防衛戦を行いたかった。」とコメント。大木は日本プロレス時代の72年12月4日、広島県立体育館でボボ・ブラジルを破り王座を獲得、ビリー・レッド・ライオン、フリッツ・フォン・エリックと2度防衛に成功したところで日本プロレスが崩壊。

以後、大木は韓国で防衛戦を行って来ましたが、日本では75年10月から主戦場にしていた全日本プロレスのリングでは、元同王者の馬場が日本プロレスを退団する時にベルトを返上して出ていった経緯から防衛戦は行えないままでした。

大木の国際プロレス入団は視聴率テコ入れの為に東京12チャンネル主導で行なわれ、大木と親しいフリーライター、菊池孝氏が仲介したもので、「ギャラは12チャンネルが出す」という約束で吉原功社長は承諾。「ラッシャー木村、大木二大エース時代到来」と強力にアピールしました。

大木は2月24日、後楽園ホールで観客に入団の挨拶を行い、3月15日、越谷市体育館から試合に出場。R木村とタッグを組み、ディック・ザ・ブルーザー&ザ・ストンパー(モンゴリアン)組と対戦し1ー1から両チームリングアウトの引き分け。

シリーズ最終戦の3月21日、浜北市(現在の浜松市浜北区)体育館で大木はブルーザーとノンタイトルのシングルマッチ60分3本勝負が行なわれ、1本目は反則、2本目は一本足原爆頭突きからの体固めで大木が2ー0のストレート勝ち。どう考えても大物ブルーザーはインターナショナル選手権試合用に呼ばれているとしか思えず、3本勝負というのもタイトルマッチ仕様なので、馬場と吉原社長の話し合いがついていなかったと見るべきでしょう。

馬場が折れたか、吉原社長が強行したか、5月15日、大宮スケートセンターで日本では73年4月13日、日本プロレスの大阪府立体育会館での大木vsFVエリック戦以来実に7年1月ぶりにインターナショナル選手権試合が行なわれました。大木に挑戦したのは「カナダの荒熊」ジョー・ルダック。

1本目は11分7秒、ルダックが体固め。2本目は5分39秒に大木が体固め。決勝の3本目は2分23秒、大木が新兵器X固め(変型コブラツイスト)でルダックをギブアップさせて7年ぶりに日本で24度目の王座防衛を果たしました。

83年のIWGPは6月2日、蔵前国技館での優勝決定戦で猪木がハルク・ホーガンのアックスボンバーに失神KO負けを喫するというまさかの幕切れで終わっていますが、この他にも革命軍の長州が5月16日の津市体育館大会に姿を現さず、アニマル浜口と共に無断欠場。

シリーズ終了後の6月17日に長州と浜口は港区南青山にあった新日本プロレスの事務所に姿を現し、新間寿営業本部長に辞表を提出しフリー宣言、7月1日、後楽園ホールで開幕の「サマー・ファイト・シリーズ」から革命軍を発展的解消とし維新軍を結成してリングに上がっています。

そう言った意味では83年IWGPはホーガンと長州、両者にとってレスラー人生の大きなターニングポイントとなったと言えます。

それから1年経った翌84年のIWGPですが、前年度優勝者のホーガンは1月23日、ニューヨークMSGでアイアン・シークを破りWWF世界ヘビー級王者となっていました。

ホーガンは84年IWGPは開幕戦の5月11日、福岡スポーツセンター〜5月18日、広島県立体育館の序盤1週間と6月8日、弘前市民体育館〜最終戦6月14日、蔵前国技館の終盤2回に分けて特別参加。ディフェンディングチャンピオンとして最終戦でリーグ戦最多得点者と対戦することになっていましたが、長州とのシングルマッチは序盤戦の5月15日、ノーテレビの熊本市体育館で実現。

試合はスペシャルマッチ45分1本勝負で行なわれ、5分37秒、長州がエプロンに上がって来たところをホーガンがアックスボンバーを決めて長州がリングに転落、ホーガンのリングアウト勝ちとなっています。

当時の記事の写真だけ見ると前年、蔵前で猪木をKOに追い込んだフィニッシュシーンと酷似していますが映像がないのでホーガンが同じように助走をつけてロープに飛んでアックスボンバーを放ったかは定かではありません。

いずれにしろWWF世界ヘビー級、IWGP覇者のホーガンの勝ちでなければならない試合、売り出し中の長州も公式戦外で3カウント取らせられないという配慮から地方のノーテレビ会場でさり気なく組まれ、5分程度でリングアウト決着としたのでしょう。

対戦成績は85戦17勝68敗。

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