第79戦 4月3日発売号●【予想】長州、藤波を破りWWFインターナショナル・ヘビー級王座獲得。(83年新日本プロレス蔵前国技館)【正解】馬場vsザ・デストロイヤー(67年4月7日日本プロレス後楽園ホール)【参考】2013年4月3日発売号は猪木vsレフトフック・デイトン格闘技世界一決定戦(79年新日本プロレス福岡スポーツセンター)
【解説】82年10月8日、後楽園ホールにおいて半年間に亘るメキシコ遠征から凱旋帰国した長州力は猪木&藤波と組んでアブドーラ・ザ・ブッチャー&バッドニュース・アレン&SDジョーンズ組と対戦しましたが試合前から一番先頭を歩かなければならないこと、リングアナのコールが自分が藤波より先だったことに苛立ちを感じ先発で試合に出ることを拒否。
藤波のタッチ要求も拒否し、長州の異変に気付いた藤波が張り手(先に手を出したのは藤波)を見舞い、長州も張り返して仲間割れ、試合は9分40秒、藤波がSDジョーンズを回転エビ固めに丸め込んで日本組が勝ちましたが試合後も藤波と長州は乱闘を続けた。長州はマイクで「何で俺がお前の前をあるかなきゃいけないんだ」的なアピールをしました。「俺はお前の噛ませ犬じゃないぞ」は後付けでした。
長州は次の日から試合を欠場。10月22日、広島県立体育館で藤波と長州はシングルで対戦しましたが20分34秒にノーコンテスト。
シリーズ最終戦の11月4日、蔵前国技館で長州は藤波のWWFインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦、12分8秒、藤波を場外フェンス越しに投げて反則負けとなりました。
次の「第3回MSGタッグ・リーグ戦」を欠場した長州は同じく前シリーズメキシコ、アメリカを転戦し凱旋帰国、タイガーマスクに噛み付いた小林邦昭と共に「心の師」マサ齋藤のいるニューヨークを尋ねて共闘を依頼。年明け83年1月の「新春黄金シリーズ」から「革命軍」を結成、1月6日、後楽園ホールでは坂口を裏切ったキラー・カーンも加入しています。
このシリーズ、藤波vs長州のWWFインターナショナル・ヘビー級選手権試合は2月8日、大阪府立体育会館で予定されていましたが、長州が風邪による発熱で欠場となり、決戦は4月3日、蔵前国技館へ持ち越し、藤波は長州にジャーマン・スープレックスホールドを見舞いましたが、長州を投げた際、足を痛めてしまいカウント2でクリアされています。
長州はリキラリアット、すかさずカバーに入り16分39秒、体固めでフォール勝ち。ついに藤波からWWFインターナショナル・ヘビー級王座を獲得しました。セコンドのM齋藤と抱き合って喜ぶ長州。試合後の控室(国技館の場合は支度部屋)で報道陣の囲み取材が終わった後に一人残っていた週刊プロレスのターザン山本に「俺の人生にも一度位いいことがあってもいいだろう」とコメントしたというのは有名なエピソードです。
日本のファンに最も愛された「白覆面の魔王」ザ・デストロイヤーが19年3月7日、ニューヨーク州バファローの自宅で死去(死因は公表されず)、享年88歳。ここでデストロイヤーの功績を振り返るのは連載にしないと無理ですので割愛しますが、力道山存命中の最後の1年である63年5月にWWA世界ヘビー級王者として初来日。
5月24日、東京体育館で力道山と同王座を賭けて対戦、壮絶な死闘の末、28分15秒に両者ドクターストップの引き分け。当時、驚異の視聴率64%を稼ぎ出しました。
同年12月に再来日、12月2日、東京体育館では力道山の保持するインターナショナル王座に挑戦し1ー1から力道山の場外でのバックドロップを食らってリングアウト負け。12月4日、大阪府立体育会館での再戦では両者リングアウトの引き分け。これが力道山生涯最後のタイトルマッチとなりました。
翌64年に来日したデストロイヤーは12月4日、東京体育館で豊登の挑戦を受けてWWA世界ヘビー級王座防衛戦を行い、反則含みながら2ー1で敗れベルトを豊登に明け渡しました。
67年4月の第9回ワールド・リーグ戦に外国人側のエースとして来日、力道山存命時、アメリカ修行時代に対戦した馬場のライバルとして立ちはだかりました。
この日は開幕前夜祭として猪木の日本プロレス復帰の挨拶が行われましたが、デストロイヤーは馬場と15分1本勝負で対戦、馬場は覇気がなくわずか4分34秒、片エビ固めであっさりとデストロイヤーが勝利を飾りました。どちらかと言えば「馬場危うし」をファンに認識づける為の前哨戦、エキシビションマッチ的な試合だったと思います。
デストロイヤー追悼の意はわからなくはないですが、速報性、ニュース性を必要としていないコーナーですので、4月3日はこの他にも馬場、2度目のアメリカ修行から帰国しカリプス・ハリケーンと45分ノーフォールの死闘(64年)、馬場、NETに登場(72年)、猪木、スタン・ハンセンからNWFヘビー級王座奪回(80年)、魁勝司(北沢幹之)引退試合(81年)等歴史に残る出来事が数多くあり、わざわざ日にちをずらして採り上げるべき試合でもなかったと思います。
デストロイヤーの生前の活躍を紹介したいのなら覆面十番勝負など他に沢山あったかと…
※対戦成績は79戦17勝62敗。
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