第74戦 2月27日発売号●【予想】猪木vsウィリー・ウイリアムス格闘技世界一決定戦。(80年新日本プロレス蔵前国技館)【正解】馬場、ボボ・ブラジルを破り10戦に亘る世界ヘビー級王座争覇戦終了、力道山ゆかりのベルトを巻く。(73年全日本プロレス日大講堂)【参考】2013年2月27日発売号は猪木vsウィリー戦当日最終試合として組まれた星野勘太郎&山本小鉄組vsエル・グレコ&エル・セルヒオ組(80年新日本プロレス蔵前国技館)
【解説】猪木と極真空手「熊殺し」ウィリー・ウイリアムスの一戦(格闘技世界一決定戦、WWF格闘技世界ヘビー級選手権試合)は、一連の異種格闘技戦の中でもプロレスと空手、新日本vs極真というジャンルと組織の看板を賭けた「果たし合い」の様相を呈し、殺伐とした空気の中で行われました。
試合は3分15ラウンド。KO、ギブアップ、レフェリーストップにより勝敗は決する。猪木の寝技は15秒以内という厳しい制限。レフェリーはユセフ・トルコ。
2ラウンド、両者もつれ合って場外に転落。するとウィリー側の極真空手ニューヨーク支部長、大山茂最高師範が動き、黒いジャンパー姿の極真空手のセコンド達が一斉に動き、猪木に暴行。新日本プロレス側の藤波、星野、永源遙らのセコンドも駆け付けるが一般人かも知れないセコンドには手は出せない。
レフェリーのトルコは場外カウントを数えゴングを要請して両者リングアウトの裁定。猪木は誰かに襲われたか額から一筋の鮮血が流れていました。納得しない観客。立会人である梶原一騎がリングに上がり「この試合はファンの皆様が楽しみにしておられた試合です。立会人裁定で3ラウンドから試合を再開します。」と宣言しました。観客席からは大歓声。
レフェリーのトルコはウィリー側のセコンドの退場を促しました。3ラウンド、猪木はウィリーの足を払って倒し腕ひしぎ逆十字固め狙いへ、しかしウィリーの足がガラ空き、ウィリーは空いていた右足で猪木の眉間に蹴りを一撃、額を押さえて倒れる猪木。ここで3ラウンド終了。
そして迎えた4ラウンド、腰投げを見せた猪木でしたがまたも両者場外に転落。猪木は場外でウィリーの左腕を捕らえ、腕ひしぎ逆十字固め。場外では寝技時間制限はない。レフェリーのトルコは再びゴング要請。4ラウンド1分24秒、ウィリーは猪木の腕ひしぎ逆十字により左肘を脱臼、猪木はウィリーの正拳突きと2ラウンドの場外乱闘の際、ウィリー側のセコンドに踏みつけられたことによりアバラにヒビが入った疑いで両者ドクターストップ、痛み分けとなりました。
この試合はモハメド・アリ戦同様、「決着がつかなくて良かった」試合であったと思います。
72年10月20日、東京・永田町の東京ヒルトンホテル(現キャピトル東急ホテル)で全日本プロレスの旗揚げレセプションを行った馬場は力道山家(百田家)から寄贈された力道山ゆかりのインターナショナル王座を復活させ、新たに「世界ヘビー級王座」として世界の強豪を相手に王座争奪十番勝負を行い、「力道山の後継者として相応しい」成績を残した暁には力道山ゆかりのインターナショナル王座ベルトを巻くことを発表しました。
�.屮襦璽痢Ε汽鵐泪襯船�(引き分け)、�▲謄蝓次Ε侫.鵐�、��アブドーラ・ザ・ブッチャー、�ぅ供Ε妊好肇蹈ぅ筺次↓ゥΕ�ルバー・スナイダー(引き分け)、�Ε好淵ぅ澄次↓Д疋鵝Ε譽�・ジョナサン、�┘汽鵐泪襯船痢↓�パット・オコーナーと激闘を重ね、最終戦の相手は、苦手とし、日本プロレス時代の68年6月25日、愛知県体育館でインターナショナル王座を奪われたことのある(2日後の27日、蔵前国技館で奪回)「黒い魔神」ボボ・ブラジル。
1本目は17分19秒、ブラジルが体固め、2本目は6分7秒、馬場が体固め、決勝の3本目は1分35秒、馬場が体固めを決めて2ー1で勝利。引き分けたサンマルチノ、スナイダーとは再戦で勝ち、10戦8勝2分の成績を残した馬場は力道山家から寄贈されたインターナショナル王座のベルトを腰に巻いています。
力道山の身体のサイズに合わせて作られたベルトは馬場の身体には小さ過ぎたか、新たに力道山ベルトをモチーフとしたニューベルトを製作。黒革のボディに赤の縁取りを加えました。
馬場はこの年の3月16日、ハワイのホノルルを本部に結成されたPWF(パシフィック・レスリング・フェデレーション、太平洋沿岸レスリング同盟、ロード・ブレアース会長)が認定する初代世界ヘビー級王者に認定されています。
※対戦成績は74戦17勝57敗。
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