第70戦 1月30日発売号○鶴田、ジャック・ブリスコのNWA世界ヘビー級王座初挑戦。(74年全日本プロレス日大講堂)【参考】2013年1月30日発売号はリック・フレアーvsケリー・フォン・エリックNWA世界ヘビー級選手権試合。(83年テネシー州メンフィス・ミッドサウス・コロシアム)
【解説】第4週に来てようやく19年初白星。72年ミュンヘン五輪アマレス日本代表に選ばれた中央大学4年生の鶴田友美(当時21歳)は馬場にスカウトされ、全日本プロレスの次期エース候補として同年10月31日、旗揚げしたばかりの全日本プロレスへ入団を発表。
「全日本プロレスに就職します」という名台詞を残しました。プロレスと言えば「入門」するものであり大相撲の下積み生活そのものと言えましたが、就職という言葉を使った鶴田は「現代っ子」と評されました。
前座試合を飛び級した鶴田は、73年に中央大学を卒業するとアメリカのテキサス州アマリロのドリー・ファンク・シニアの元に預けられ、息子である現役NWA世界ヘビー級王者ドリー・ファンク・ジュニア、実弟のテリー・ファンクが指導にあたり、3月25日にアマリロでエル・タピアを相手にデビュー戦を行い2分、ダブルアーム・スープレックスからの体固めで勝利を飾っています。
5月20日にはニューメキシコ州アルバカーキでドリーのNWA世界ヘビー級王座に初挑戦するというチャンスに恵まれ、1本目は43分ドリーが体固め。2本目はそのまま60分時間切れとなり1ー0でドリーが防衛をしましたが、それはドリーからの「メインイベンター合格」のお墨付きをもらったようなものでした。
4日後の5月24日、カンザス州カンザスシティ・メモリアル・ホールでドリーはハーリー・レイスに敗れ王座転落。69年2月10日、フロリダ州タンパでジン・キニスキーを破って28歳で王座獲得以来、4年3か月続いた「ファンク王朝」はここでストップ。
悪いことは続くもので6月2日にドリー・シニアのバースデーパーティーで、酒に酔ったドリー・シニアがゴードン・ネルソンを相手にシュートスパーリングを披露したところ、心臓発作を起こし54歳の若さで急死。鶴田はその現場に居合わせていました。
7月20日にはテキサス州ヒューストンのサム・ヒューストン・コロシアムでジャック・ブリスコがレイスを破り王座転落。レイスは57日天下という短命王者に終わりました。
鶴田は10月の「創立1周年記念ジャイアント・シリーズ」にダブルアーム、フロント、サイド、ジャーマンの4種類のスープレックスを引っさげて凱旋帰国。10月9日、蔵前国技館では馬場と組んでドリー&テリーのザ・ファンクスの保持するインターナショナル・タッグ王座に挑戦。1本目にテリーから鮮やかなジャーマン・スープレックスホールドでフォールを奪いました。2本目はテリーが鶴田から取り返し、3本目は61分時間切れ引き分けとなりました。まさに「スター誕生」を地でいった試合でした。
ブリスコは第48代NWA世界ヘビー級王者として74年1月の全日本プロレス「新春NWAチャンピオン・シリーズ」に来日。元王者のドリー、前王者のレイスも同時に来日し豪華な「三役揃い踏み」を見せています。
また、立会人としてNWA会長であるサム・マソニックも来日。馬場のプロモーターとしての外交力と日本テレビの豊富な資金力を見せつけ、大物外国人選手が呼べない猪木の新日本プロレスとの力の差を誇示しました。
ブリスコは1月23日、長崎国際体育館で馬場とNWA世界、PWFのダブルタイトルマッチを行い1ー1から両者リングアウト。1月24日、広島県立体育館でレイスと1ー1から60分時間切れ引き分け。1月27日、大阪・東淀川体育館でドリーと1ー1から60分時間切れ引き分け。1月28日、愛知県体育館でザ・デストロイヤーと1ー1から両者リングアウトと4連続引き分け防衛。
シリーズ最終戦の日大講堂で国内初且つシリーズラスト挑戦者となったのは鶴田。(ダブルメインイベントでもう1試合は馬場がドリーとPWFヘビー級王座を賭けて対戦、1ー1から両者リングアウトで引き分け、両者の要望で5分間の延長戦が行われたが時間切れ引き分けとなる)
1本目は12分15秒にブリスコがシュミット式バックブリーカーから片エビ固め。2本目は7分32秒に鶴田がフロント・スープレックスから片エビ固め。決勝の3本目は8分18秒にブリスコが回転エビ固めに決めて2ー1でブリスコが2フォール勝ちを奪って防衛に成功しています。
流さんは試合より、全日本プロレスのホームである日大講堂で旗揚げシリーズ以来初めて満員の集客が出来た(10,500人発表)ことにポイントを置いた内容でした。
ちなみに全日本プロレスの旗揚げ以来の日大講堂の観客動員は以下の通り。
72年
10月22日旗揚げ興行 馬場vsブルーノ・サンマルチノ世界ヘビー級王座争奪第1戦(6,100人発表)
73年
1月24日 馬場vsドン・レオ・ジョナサン世界ヘビー級王座争奪第7戦(5,400人発表)
2月27日 馬場vsボボ・ブラジル世界ヘビー級王座争奪最終戦(5,200人発表)
4月25日 馬場vsザ・シークPWF世界ヘビー級選手権試合(6,500人発表)
9月13日 馬場vsレイスPWF世界ヘビー級選手権試合(4,500人発表)
12月14日 馬場vsフリッツ・フォン・エリックPWFヘビー級選手権試合(6,300人発表)
とことごとく不入り。これは馬場の日本プロレス時代のインターナショナル選手権試合の「焼き直し」ではもはやお客が新鮮味を感じなくなっていたこと。馬場以下の日本人選手の層が薄かったことなどが理由としてはあげられます。
※対戦成績は70戦17勝53敗。
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