国際プロレスvs全日本プロレス「全軍対抗戦」第3戦は77年11月27日、岩手・宮古ボウル(観衆5,200人超満員発表)大会。
メインイベントはラッシャー木村vsジャンボ鶴田の3度目のシングルマッチ(60分1本勝負)。これまでは75年12月13日、福井市体育館での全日本プロレスのオープン選手権公式戦で初対決し9分19秒に両者リングアウト。76年3月28日、蔵前国技館では鶴田試練の十番勝負第2戦で対戦、1−1から両者ダブル・フォール。無判定に終わり、2戦2分。3度目の対決で決着戦の様相を呈しました。
試合は鶴田がジャンピング・ニーパット、サイド・スープレックスで追い込んでいきましたがこれを耐えたR木村が21分18秒、ドリルアホール・パイルドライバーからの片エビ固めで鶴田からフォール勝ち。国際プロレスのエースの意地を見せました。
その他の対抗戦はグレート草津がロッキー羽田をグラウンド・コブラツイストで破り、前夜馬場に負けた同じ技で羽田に仕返し。
天龍は軽量のデビル・ムラサキを問題にせず破り、グレート小鹿は鶴見五郎にコブラツイストでギブアップ勝ち。寺西勇は伊藤正男に変形コブラツイストで勝利。
大位山勝三は肥後宗典を僅か4分57秒に片エビ固めで降しました。国際プロレス出身の肥後はかつての同僚達に完敗が続きます。やはり草津が同じツアーにいたのでは精神的に本領発揮出来なかったか…。
剛竜馬は大仁田厚に勝利。後に「パイオニア戦志」で2人が対戦するとはこの時は想像も出来ませんでした。ミスター林は米村勉(天心)に勝っています。
国際プロレスはR木村、草津の勝利が大きく5勝3敗で10点追加の通算22点。全日本プロレスは3勝5敗で6点が加算され通算18点。国際プロレスが4点リードしました。
11月29日昼間、高田馬場BIG−BOXにて元ラグビー日本代表の原進(当時32歳)の国際プロレス入団記者会見が行われています。
原は東洋大学、近鉄を通してラグビーの第一線選手として活躍。同じラグビー出身のグレート草津の口利きもあってプロレス入り。当時の32歳でのプロレス転向は遅いと言われましたが、和製チャールズ・ブロンソンと言われた精悍なマスク、ダンプガイと呼ばれた頑丈な肉体は既存の国際プロレスの所属選手にはないスター性を備えていました。
夜は大田区体育館(観衆3,700人発表)で全軍対抗戦の第4戦。対抗戦唯一の都内開催でしたが火曜日の平日のアクセスの悪い大田では集客は厳しかったか満員マークはつかず。
メインイベントは鶴田とM井上のシングルマッチ(60分1本勝負)。両者は75年12月10日、岐阜市民センターでオープン選手権公式戦で対戦し30分時間切れ引き分けでしたが2日前にR木村に無念のフォール負けを喫した鶴田はUNヘビー級王者としても負ける訳にはいかず。
18分37秒、片エビ固めで鶴田がM井上からフォール勝ちを奪いました。
R木村&草津組は馬場&羽田組と対戦。馬場とR木村が久しぶりに対戦となりましたが、13分52秒、R木村が羽田をクロスチョップからの片エビ固めで降しています。
注目の初対決、天龍vs浜口は両者リングアウト。小鹿は大位山に勝ち、大熊と寺西も両者リングアウト、百田光雄はムラサキを回転エビ固めで破り、剛&奄美組は伊藤&淵(渕)組に勝ちました。
この日は国際プロレスの2勝3敗2両リン。全日本プロレスは3勝2敗2両リンとなり、国際プロレスは4点加算の通算26点、全日本プロレスは6点加算の通算24点で僅差で国際プロレスが優位を保っています。
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