国際プロレス72年ビッグ・ウィンター・シリーズ、11月27日、愛知県体育館ではディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキー組のWWA世界タッグ王座にストロング小林、グレート草津組が金網デスマッチで挑戦。
ブル・クラの金網での闘いを見ようと愛知県体育館には8,000人(超満員発表)の大観衆が詰めかけました。札止めになった会場を見渡した吉原は長年の日本プロレスの営業妨害によりビッグマッチが度々不入りになったこともあり、「(日本プロレスに)勝った…」と感無量の声を上げたそうです。
試合はブルーザー&クラッシャーがS小林&草津を一方的に叩きのめしましたが、金網のドアを開けて外に出て控室へ戻ってしまいました。ブル・クラはリングに戻って来ず、16分、ノーコンテストが宣告されています。
収まりがつかないのは観客で、いつまでも帰らず「(ブル・クラを控室から)呼んで来い!」と大騒ぎになり、暴動化しました。
吉原は翌73年3月2日、愛知県体育館を押さえたことを発表。無料興行とすることでようやく事態は収束しました。
アメリカでの金網デスマッチ(ケージマッチ)は相手を倒して金網の外に出た方が勝ちというエスケープルールが一般的で、ブルーザー&クラッシャー組がエスケープルールと勘違いし、グロッキーになったS小林と草津が戦意喪失したと思い、金網の外に出たのでは?というのが定説になっています。
ここで躓いた国際プロレスでしたが翌11月28日には静岡・駿府会館でクラッシャーが金網デスマッチでS小林のIWA世界ヘビー級王座に挑戦。S小林は苦戦しましたがKO勝ちで16度目の防衛に成功しています。(15回目の防衛は11月7日、仙台・宮城県スポーツセンターでレッド・バスチェンを破る)
馬場が見返り参戦した11月29日の東京体育館では馬場は草津とタッグを組んで日本プロレス時代にも対戦したバスチェン&マリオ・ミラノ組と対戦し2−0のストレート勝ち。日本テレビとの関係からこの試合はTBSで放送されませんでした。
東京大会のメインイベントはブルーザー&クラッシャー組のWWA世界タッグ王座にS小林&マイティ井上組が通常ルールで挑戦。2−1で王者組が防衛に成功。
11月30日、水戸市茨城県スポーツセンターで馬場はミラノと45分3本勝負のシングルマッチで対戦し2−0のストレート勝ちを収めています。
全日本プロレスの「旗揚げジャイアント・シリーズ第2弾」は12月2日に開幕。ザ・デストロイヤー、アブドーラ・ザ・ブッチャー、サイクロン・ニグロ(カリプス・ハリケーン)、ムース・モロウスキー(ドクター・デスとして国際プロレスに来日)らの外国人選手が来日していますが吉原はここでもデビル紫(ムラサキ)、本郷篤(肥後宗典)、米村勉(天心)の3選手をレンタルしています。
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