85年IWGP&WWFチャンピオン・シリーズ第12戦は新日本プロレス初使用となる5月24日、神戸ワールド記念ホール(テレビ生中継、観衆8,160人満員発表)大会。
ワールド記念ホールは84年のユニバーシアード神戸の時に作られた多目的ホールで、約8,000人を収容出来る会場でした。
これまで神戸でのプロレスと言えば62年の「フレッド・ブラッシー老人ショック死事件」の起きた王子体育館位しか常用会場がなく、新日本プロレス、全日本プロレス共、兵庫県では尼崎市記念公園体育館か姫路市厚生会館をメイン会場として使用してきました。
ワールド記念ホールでの新日本プロレスの大会は90年代から9月下旬に定着し、秋のビッグマッチを毎年開催していますが、ブシロード体制となってからは売り興行のカードを意図的に悪くしている感じですが、毎回満員、超満員となっています。
プロレスこけら落としは両国国技館同様、全日本プロレスの方が先で、同年4月19日に初使用、6,300人発表の観客を動員しました。メインイベントは鶴田&天龍組vsスタン・ハンセン&テッド・デビアス組(ノンタイトル)で14分56秒、天龍とデビアスが両チームリングアウトで引き分け。
セミファイナルは長州&アニマル浜口組とディック・スレーター&ボブ・ブラウン組が対戦。11分59秒、長州がブラウンをリキラリアットから体固めに決めています。
セミ終了後、前84年10月に失踪、4月3日、山形県体育館での石川敬士vs長州戦に突如として乱入した阿修羅・原が再び乱入し長州ヘ宣戦布告しています。
後発の新日本プロレスは星野勘太郎の実兄が経営する新日企画の主催だけに、全日本プロレスには観客動員で負ける訳にはいかず、全日本を上回る8,160人の観衆を集めてみせました。
メインイベントは猪木vsアンドレ・ザ・ジャイアントのスペシャルマッチ(60分1本勝負)で猪木がロープ際での延髄斬りでアンドレを場外に落とし、自らも場外に降りて乱闘となり、8分56秒に両者リングアウトの引き分けに終わりました。
セミファイナルでは藤波&木村健吾組とディック・マードック&アドリアン・アドニス組による新設されたWWFインターナショナル・タッグ王座決定戦。
試合は木村健が老獪なマードック、アドニスにつかまる場面はあったものの、21分12秒、場外戦で一歩早くリングに生還した藤波がマードックからリングアウト勝ちをせしめ、藤波&木村健組が初代王者チームになっています。木村健は80年11月3日に蔵前国技館でチャボ・ゲレロに敗れてNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座から転落して以来4年半ぶりのベルト戴冠。藤波はヘビー級と併せてWWFインターナショナル二冠王となりました。
22日、徳島大会までの特別参加だったボブ・バックランドに代わり、この日から元WWWFヘビー級王者、"ラテンの魔豹"ペドロ・モラレスが特別参加。来日第1戦はスーパー・ストロング・マシンとシングルで対戦し9分47秒、両者リングアウトとなりました。
地元の星野はザ・コブラと組んでカネック&エンリケ・ベラ組と対戦、8分47秒にコブラが飛びつき式の後方高角度回転エビ固め(リバースのウラカン・ラナ)でベラをフォールしコブラ&星野組の快勝。
坂口&高野俊二組vsマスクド・スーパースター&キングコング・バンディ組は7分27秒、バンディが高野俊を体固め。
ヒロ斉藤はアイアン・マイク・シャープに7分28秒、反則負けを喫し、トニー・セントクレアーは小杉俊二を6分36秒、片エビ固めで降しています。
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