注目は序盤戦特別参加となる新日本プロレス初参戦となる"スーパーフライ"飛獣ジミー・スヌーカ。
来日自体、82年10月〜11月の全日本プロレス「ジャイアント・シリーズ」以来2年半ぶりの来日。初来日は71年9月の日本プロレス「第2回NWAタッグ・リーグ戦」でインディアン・ギミックのグレート・スヌーカとしてスニー・ワー・クラウドとのタッグでエントリー。
74年11月に全日本プロレスに再来日していますが目立った活躍はなく、80年代に入ってジム・クロケットのノースカロライナ州を始めとしたミッド・アトランティック地区でリッキー・スティムボートのライバルとして頭角を現し、81年5月の全日本「スーパー・パワー・シリーズ」にリッキーと共に来日。
リッキーとは6月3日、札幌中島体育センター、6月10日、秋田・横手市平鹿広域体育館の2度に亘りシングルで対戦1反則勝ち1反則負けの五分に終わっていますが、新しい時代のニューウェーブプロレスとして全日本のリングに新風を吹き込みました。6月11日、後楽園ホールでは鶴田のUNヘビー級王座に挑戦しています。
同年10〜11月の「ジャイアント・シリーズ」ではブルーザー・ブロディのパートナーを務め、10月6日、仙台・宮城県スポーツセンターでは馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦。1−1から両チームリングアウトの引き分け。
ブロディ&スヌーカ組はその後の「世界最強タッグ決定リーグ戦」にもエントリー。最終戦12月13日、蔵前国技館でのvsドリー&テリーのザ・ファンクスとの公式戦では新日本プロレスに参戦していたスタン・ハンセンの登場、ブロディ&スヌーカ組への加担により、21分41秒、ブロディがドリーを体固めでフォールし、初参加、初優勝を達成しました。
ハンセン&ブロディ+スヌーカ、マネージャー役の司令塔バック・ロブレイという新しいチームが全日本の一大勢力となるかと思われましたが、スヌーカはクロケット・プロから去り、82年にWWFと契約しました。
82年4月、「グランド・チャンピオン・シリーズ」最終戦の4月22日、東京体育館ではファンクスvsブロディ&スヌーカ組の前年の最強タッグのリベンジマッチが組まれましたが、そこでブロディとスヌーカは仲間割れ。ブロディはハンセンとの超獣コンビに専念することになります。(試合は17分46秒、ロブレイ乱入によりファンクスの反則勝ち)
実はWWFと契約した為に、全日本プロレスのシリーズに長期参戦出来なくなったスヌーカが馬場に頼んで考えたアングルでした。
アメリカに帰国したスヌーカは4月26日、WWFのMSG大会に登場。ボブ・バックランドのWWFヘビー級王座に挑戦。バックランドを流血させドクターストップ勝ちしましたが、ルールによりベルト移動はありませんでした。
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