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2019年07月02日23:17

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猪木とビンス(453)最終章

85年「ビッグ・ファイト・シリーズ第1弾」は3月1日、後楽園ホールで開幕。この年も81、83、84年に次いでビッグ・ファイト・シリーズを第1弾と第2弾に分けました。第1弾閉幕と第2弾開幕のオフは僅か1週間です。

ハックソー・ヒギンズ、デビッド・シュルツ、バッドニュース・アレン、レロイ・ブラウン、スティーブ・ライト、パット&マイクのケリー・ツインズがシリーズ全戦参加。

ヒールサイドでは上田馬之助、ストロング・マシン軍団1&2&3号が参加しています。

日本陣営はザ・コブラが休みでフリー契約のタイガー戸口は参加せず。

エース格は初来日となったヒギンズで、先新春黄金シリーズのキングコング・バンディに続く、吉原功、大剛鉄之介ルートによる第2弾。来日前はカンザス、ミズーリといった中西部で試合をしており、「一本釣り」。

2月13日、ハワイ・ホノルル・ニールブレイズデル・センターで猪木と対戦し敗れはしましたがポテンシャルの高さを存分に発揮しました。

準エースとなるシュルツは前84年6〜8月の「サマー・ファイト・シリーズ」以来7か月ぶり新日本プロレス2度目の参戦。シュルツは初来日は78年9月の国際プロレスでした。短期と素行不良には悪い意味で定評があり、来日前に米ABCテレビのアナウンサー、ショーン・ズセルに番組出演中に暴行を働いて負傷させていました。

バッドニュース・アレンもシュルツと同じく84年サマー・ファイト・シリーズ以来7か月ぶりの来日。アレンは前回シリーズ終了後もパキスタン遠征に同行しています。

レロイ・ブラウンは84年3月の「ビッグ・ファイト・シリーズ第2弾」にイスラム兵士ギミックのエリージャー・アキムとして同じくムハマド・カリムことレイ・キャンディと「ザンビア・エキスプレス」を名乗って来日して以来約1年ぶり3度目の来日となりました。

初来日は79年6月の「サマー・ファイト・シリーズ」でエース格として呼ばれました。初来日前はロサンゼルス地区で"バッドバッド"レロイ・ブラウンとして活躍、「未だ見ぬ強豪」としてゴング誌に大きく取り上げられました。

新日本にはクレイジー・レロイ・ブラウンのリングネームで参戦し、初来日第1戦となった開幕戦の6月29日、大宮スケートセンターではマネージャー役として一緒に入場してきたマサ齋藤が「水の入ったビール瓶」で額を叩き、ビール瓶が割れる予定だったのでしょうが、ビール瓶は水が入ってかえって割れにくくなり何度かトライしているのうちにブラウンの額の方が割れて流血してしまった残念なエピソードがあります。

流血しながらもストロング小林を2分49秒、ジャンピング・エルボードロップからの体固めで撃破。

7月6日、四日市市体育館でのテレビ生中継、この日から翌80年のモスクワ五輪独占放送に向けてワールドプロレスリングのテーマ曲が通称「モスクワ」にリニューアルされた日ですが、この日、猪木とシングル初対決をし僅か2分13秒、反則負けとなりました。

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