しかし、旗揚げしたUWFは当初、新間寿が「私はプロレス界に万里の長城を築く」、「私は既に数十人のレスラーを確保した」というキャッチコピーのポスターとは裏腹に新日本プロレス、WWFのリングに上がっていた多数の選手は集めることが出来ず。
新間と友好関係にあったメキシコUWAの選手は参加しましたが、肝心のアメリカ勢は馬場が裏で動き、ダッチ・マンテル、ボブ・スウィータンらセントラルステーツ地区で活躍する二線級の選手が集まりました。
旗揚げオープニング・シリーズは前田、R木村、剛の他、新間を恩人と慕うグラン浜田、全日本プロレスにフリー参戦していたマッハ隼人が旗揚げメンバーとなり、新日本プロレスからは「前田さんと男の約束を果たす為」と高田が所属のままシリーズ参戦。
また新日本プロレスの3月30日、後楽園ホールでの「ビッグ・ファイト・シリーズ第2弾」開幕戦で「テロリスト」として万年前座から一躍メインイベンターとなった藤原が「裏切り者日明を制裁する」とUWFのシリーズ最終戦4月17日、蔵前国技館大会への殴り込みを宣言。
4月17日、蔵前では前田vs藤原の試合が行われ、両者フェンスアウトから再試合、両者KOの痛み分けとなりました。この辺りは選手個人の感情があったにせよ、新日本プロレス、もっと言えば猪木が了承していなければ実現しない話でありUWFに猪木が関与していたことは明らかでした。
新間の「猪木は後から来る」という言葉は実現することなく終わり、4月11日、大宮スケートセンターでの旗揚げ戦こそ歴史の証人にならんとした3,100人の満員の観客で埋まりましたが、その後の地方大会は不入りが続いたこともあり、新間はUWFを1シリーズのみで終息させ、新日本プロレスに選手とフロントを戻そうと画策しました。
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