84年10月9日、新日本プロレス興行は法人名を「ジャパンプロレス株式会社」に変更しました。これで新日本プロレス、全日本プロレス、UWFに次ぐ4番目の男子団体が誕生することになりました。
新日本プロレスと絶縁した以上、「新日本プロレス」と名のつく商号は名乗ることは出来なかったでしょう。
84年ジャイアント・シリーズ、10月11日は大阪府立体育会館大会(テレビ収録、観衆7,600人満員発表)。
メインイベントではリック・マーテルの保持するAWA世界ヘビー級王座に鶴田が挑戦。マーテルと鶴田の同王座を賭けてのタイトル戦の対戦成績はマーテルの1勝1分。鶴田の持つインターナショナル・ヘビー級王座も含めると1勝1敗1分の五分となり、決着戦と言えました。
試合は場外から上がって来た鶴田にマーテルがリング内からエルボーバット、鶴田もエプロンからエルボーバットでお返しし、ショートレンジからのラリアット1発。
この一撃でマーテルは場外へ転落。場外戦となりマーテルは鶴田にブレーンバスター、しかし鶴田はこれを身体を空中で反転させて滑り降りると、マーテルのバックに回ってバックドロップ。
鶴田は素早くリングに上がりましたがマーテルはバックドロップのダメージが深くリング下でダウンし起き上がれず。レフェリーのジョー樋口がカウント20を数え22分42秒、鶴田のリングアウト勝ちの裁定が下りました。
しかし、ルールによりベルトは移動せず、マーテルが王座を防衛しています。鶴田は場外でバックドロップを放ったのが作戦ミス。マーテルをリングに上げてからバックドロップを決めればフォール勝ち出来ただけに惜しまれます。
チャンピオンは反則負けであろうがリングアウト負けであろうがベルトを守ればそれで事実上は勝者になります。鶴田はベルト奪取出来る試合を落としてしまいました。
セミファイナルは馬場&天龍組vsテリー・ゴディ&マイケル・ヘイズ組のザ・ファビュラス・フリーバーズの一戦。
天龍がフリーバーズのコーナーに捕まり2人がかりでの攻撃を受けてしまいました。レフェリーはフリーバーズの片方にリングを出るように支持しますがお構いなし。
見かねた馬場が天龍を救出に入りゴディを場外へ落としてカット、しかし天龍とヘイズが乱闘を続け13分41秒、ノーコンテストに終わっています。
セミ前に行われたザ・グレート・カブキとバディ・ロバーツのシングル戦は6分42秒、カブキがフライング・ネックブリーカードロップからの正拳突きで体固めでフォール勝ち。
大阪初出場となったタイガーマスクはデビュー戦の相手となったラ・フィエラとシングルマッチを行い、9分55秒、鮮やかなジャーマン・スープレックスホールドで勝利を飾りました。
この日より特別参加の南海の黒豹リッキー・スティムボートはマイティ井上とタッグを結成し上田馬之助&エディ・サリバン組と対戦、8分20秒、リッキーがサリバンをダイビング・ボディアタックから体固め。
グラン浜田はジェリー・エストラーダを8分、ウラカンラナに丸め込んで勝利。アジア・タッグ王者チームの阿修羅・原&石川敬士組は鶴見五郎&リップ・タイラー組と対戦、10分47秒、原がタイラーをラリアットからの体固めでフォールしています。
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