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2019年04月08日23:09

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ジャンボ鶴田怪物伝説(485)

84年スーパー・パワー・シリーズ終盤戦、9月8日は後楽園ホール大会(観衆2,500人発表)。試合前に馬場が記者会見を行い、新日本プロレスに来日したWWF代表でタイタン・スポーツ社社長のビンス・マクマホンが9月6日に京王プラザホテルで行われた記者会見で報道陣に向かい、「今やWWFが全世界のプロレスマーケットの97%のシェアを占めている」と発言したことに対し、

「ビンスの発言はおかしい。NWAの第一副会長として仲間のプロモーター達を守る為に闘う」とビンスと争う発言をしています。

ビンスは父ビンス・マクマホン・シニアが経営していたキャピトル・レスリング・コーポレーションの後継法人であるタイタン・スポーツ社の代表として新日本プロレスとキャピトル社が交わした契約の期限切れに際し、契約の見直しの為にハルク・ホーガンを伴って来日しました。

ホーガンはこの時期に開催されていた新日本プロレスの「ブラディ・ファイト・シリーズ」後半戦(9月4〜20日)に特別参加することが一度は新日本プロレス側から発表されたものの試合はすることなく、ビンス、猪木と共に記者会見に同席しただけでビンスと共に帰国していました。

ビンスは新日本プロレス側に推定年間50万ドル(当時の1ドル相場300円で約1億5千万円)のブッキング料を要求、新日本プロレスはこれを飲まざるを得なくなりました。

全米のスーパースターとなっていたホーガンを試合には出場させず、敢えて交渉の場に連れてきて「こちらの要求を飲まなければホーガンは新日本では試合はさせない」というプレッシャーを与えた訳です。

ビンス率いるWWFはNWAの総本山であるミズーリ州セントルイス、AWAのお膝元であるイリノイ州シカゴに侵攻、同じメンバーで全米を移動しながらサーキットする興行形態を取りました。レスラーの引き抜きに加えて莫大なる移動コストで多額の運転資金を必要としており新日本プロレスに対しこのような強気な交渉に出ました。

まさに内憂外患の新日本プロレスとは裏腹に今まで新日本プロレスに劣勢を強いられて来た馬場がNWAの第一副会長になったことでビンスに対して初めて敵意をあらわにした訳です。

馬場は61〜63年、WWWFの設立以前からニューヨークでの修行時代にメインイベンターで活躍、先代ビンス・シニアを儲けさせてやったという自負があり、ビンスに関しては「生意気な小僧」と言っていました。この流れでWWFとNWA、AWAによるレスリングウォーが本格的に開戦することになっていきます。
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