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2019年03月08日22:21

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ジャンボ鶴田怪物伝説(454)

19年3月7日、日本プロレス、全日本プロレスのリングで活躍、日本のプロレスファンに愛された白覆面の魔王ザ・デストロイヤー(本名リチャード・ベイヤー)さんがニューヨーク州バファローの自宅で亡くなられたことに謹んで哀悼の意を表します。享年88歳。

デストロイヤーさんは30年7月11日、ニューヨーク州アクロン出身、シラキュース大学を卒業後プロレス入り。素顔のディック・ベイヤーとして試合を行うも売れずマスクマンの"インテリジェント・センセーショナル"ザ・デストロイヤーに変身してからスターダムにのし上がり、62年7月26日にはカリフォルニア州サンディエゴでフレッド・ブラッシーを破りWWA世界ヘビー級王座を獲得。史上初の覆面世界チャンピオンとなりました。

63年5月に日本プロレスに初来日。5月24日、東京体育館で行われた力道山とのWWA世界ヘビー級選手権試合は壮絶な一戦となり28分15秒にデストロイヤーの足4の字固めがかかったまま両者ドクターストップの引き分け。同年12月に再来日した時は力道山のインターナショナル王座に2度に亘り挑戦。力道山生前最後のライバルとなりました。

力道山死後は豊登、馬場、猪木と日本プロレス歴代エースのライバルとして常に外国人勢のトップに君臨。72年旗揚げしたばかりの全日本プロレスに来日、12月19日新潟市体育館で馬場に敗れ、日本陣営への加入を約束。

73年3月に家族を連れて日本に移住、全日本プロレスの助っ人外国人として活躍、ミル・マスカラス、アブドーラ・ザ・ブッチャーとの抗争はファンを熱狂させました。

74年7月25日、日大講堂でのマスカラス戦からスタートした覆面世界一決定戦十番勝負ではザ・トルネード(ディック・マードック)、ジ・アベンジャー(ムース・モロウスキー)、ザ・バラクーダ(マリオ・ミラノ)、カリプス・ハリケーン(サイクロン・ニグロ)、ミスター・レスリング(ティム・ウッズ)、ザ・スピリット(キラー・カール・コックス)、ブラック・デビル(ブラックジャック・モース)、ブルー・シャーク(ダン・ミラー)といった蒼々たる世界の強豪マスクマンを撃破。

76年8月28日、日大講堂での最終戦でスーパー・デストロイヤー(ドン・ジャーデン)を破り「覆面世界一」の座に輝きました。

また、日本テレビのバラエティ番組「金曜10時!うわさのチャンネル」のレギュラーとなり和田アキ子、せんだみつお、所ジョージなど歴代レギュラー陣とコミカルなコントを展開、タレントとしての才能を存分に発揮しその人気は日本国中に広がりました。

79年6月、6年3か月に及んだ全日本プロレスのレギュラー参戦を卒業しアメリカに帰国、帰国後も全日本プロレスのリングに参戦し続け、93年7月29日、日本武道館で引退試合を行い、馬場&息子のカート・ベイヤーと組んで渕正信&永源遥&井上雅央組と対戦、13分8秒、足4の字固めで勝利。63歳でリングを去りました。

引退後も後援者がいた麻布十番商店街のお祭りに顔を出す為に来日、11年8月27日、日本武道館で行われた東日本大震災復興支援チャリティプロレス「ALL TOGETHER」にゲストとして来場。17年には最も日本で愛された外国人プロレスラーとして旭日双光章を受賞しています。

本連載ではデストロイヤーさんの全日本プロレスでの活躍をほぼ余すところなくお伝えしており、現在の84年グランド・チャンピオン・カーニバルPART�兇旅爐任發舛腓Δ瓢伽鐫罎任靴拭�重複する部分があるところから改めてデストロイヤーさんの追悼日記は書きませんが、故人の生前の数多くの偉業を称え、今回の執筆を以てご冥福をお祈りさせて頂きます。

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