84年グランド・チャンピオン・カーニバルPART�恭�幕戦は5月18日、流山市総合体育館(テレビ収録、観衆3,000人満員発表)で行われています。
鶴田は5月13日、ミネソタ州セントポール・シビックセンターでリック・マーテルに敗れAWA世界ヘビー級王座から転落して以来初の試合となりました。メインイベントで天龍と組み、ハーリー・レイス&バス・タイラー組と対戦。
2日後の5月20日、後楽園ホールでタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組と馬場が返上したインターナショナル・タッグ王座決定戦に臨む鶴田&天龍組は負ける訳にはいかず、12分31秒、鶴田がタイラーをバックドロップからの体固めでフォールし開幕戦を白星で飾りました。
セミファイナルは馬場&石川敬士組vsシン&上田組。7分33秒、シンが石川をコブラクローからの体固めでフォールを奪っています。
アメリカ、プエルトリコ遠征から凱旋したプリンス・トンガは身体も一回り大きくなり、風格が漂っていました。この日は放浪の殺し屋ジプシー・ジョーとシングルで対戦。10分52秒、トラースキック1発から片エビ固めで完勝しています。
ボビー・ヒーナンはマイティ井上と初対戦。9分21秒に両者リングアウトの引き分け。ヒーナンは71年7月の国際プロレス「ビッグ・サマー・シリーズ」が初来日でしたが、この時はM井上はヨーロッパ遠征中ですれ違い。ヒーナン全日本初登場の81年7月、サマー・アクション・シリーズはまだ国際プロレスが存在しておりこの時はM井上は全日本プロレスの所属にはなっていません。
阿修羅・原は鶴見五郎とのシングルマッチで12分28秒、回転エビ固めで勝利。
前83年4月20日、東京体育館でのヘクター・ゲレロとのNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座防衛戦に勝利した後、リング下に転落し左膝膝蓋骨粉砕骨折の重傷を負い長期欠場していた大仁田厚がこの日1年ぶりに復帰を果たしています。
大仁田は先輩である佐藤昭雄とのタッグでマジック・ドラゴン&渕正伸組のかつての「若手三羽烏」同士と対戦し20分時間切れ引き分けとなりました。
第3戦の5月20日、後楽園ホール(観衆3,000人満員発表)ではメインイベントで鶴田&天龍組vsシン&上田組によるインターナショナル・タッグ王座決定戦が行われました。
4月に行われた新設のPWF世界タッグ王座決定リーグ戦では終盤に馬場&ドリー・ファンク・ジュニア組、スタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディ組に連敗し参加4チーム中3位という不本意な成績に終わっている鶴田&天龍組は師匠・馬場の期待に応える為にも「歴史と伝統」のインターナショナル・タッグ王座は是が非でも欲しいところ。
天龍が上田を延髄斬りから卍固めに捉え、ギブアップかと思われた瞬間、シンが入って来て天龍にコブラクロー。鶴田も天龍を助けに入り乱闘となり、レフェリーのジョー樋口は20分57秒、ノーコンテストを宣告。王座は空位のままに終わりました。両チームは6月8日、川崎市体育館で再び王座決定戦で対戦することになりました。
セミファイナルは馬場&トンガ&原組vsレイス&Bタイラー&ヒーナン組で11分6秒、馬場が非力なヒーナンを16文キックからの片エビ固めで破っています。
石川はGジョーを9分11秒、首固めで破り、大仁田は鶴見と復帰後初のシングルマッチを行い12分15秒、チェーンを持ち出した鶴見の反則負けとなりました。
気になるのはGジョーのポジションの落ち方で83年から前回の1月の来日までは大仁田のNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座やジェリー・モロー、鶴見と組んでアジア・タッグ王座にも挑戦していましたが今回は完全にジョバーに落ちており、シリーズ最終戦の6月14日後楽園ホールではM井上のNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座への挑戦が決まっていましたが序盤を見る限りは望み薄でした。
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