鶴田のAWA世界ヘビー級王者としての防衛ロード、北米サーキット第2弾第3戦は84年5月2日、ミネソタ州ロチェスター・メイヨ・シビック・オーデトリアム大会(観衆4,800人発表)。
鶴田に挑戦したのはベテランの妖獣バロン・フォン・ラシク。鶴田とラシクはこれより7年前、77年5月30日、札幌中島スポーツセンターでUNヘビー級王座を賭けて対戦、ラシクのブレーンクローに苦戦も2−1で鶴田が勝利し王座初防衛に成功しています。
ラシクは44歳のオールドタイマーとなっており、ヒールからベビーフェイスになっており、鶴田はアウェイでヒール王者の立場。
ラシクはパンチ、キックといった細かい反則を駆使して鶴田に試合の主導権を握らせず。レフェリーのブラインドを突いてラシクがコーナー際でサミング(目潰し)、これに鶴田が激怒、レフェリーの面前で堂々とラシクにサミングのお返し。
これが反則を取られ16分13秒、鶴田の反則負けが宣告されました。ルールによりタイトルの移動はなく鶴田が10度目の防衛と反則負けながら防衛記録を二桁の大台に乗せました。
セミファイナルではクラッシャー・リソワスキー、マッドドッグ・バション組のレジェンド軍vsミスター・サイトー(マサ齋藤)、ジェシー・ベンチュラ組の一戦は11分12秒、リソワスキーがベンチュラにリングアウト勝ちしています。
ラリー・ヘニングの息子カート・ヘニング(前83年11月、新日本プロレスの第4回MSGタッグ・リーグ戦に初来日、パートナーはボビー・ダンカン)はスティーブ・リーガルを13分46秒、エビ固めで破り、
前83年8月のスーパー・パワー・シリーズに初来日したブラッド・レイガンズはラリー・ズビスコと15分時間切れ引き分けとなりました。
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