84年グランド・チャンピオン・カーニバルPART�機■丕廝得こΕ織奪芦�座決定リーグ戦の最終日は4月25日、横浜文化体育館(テレビ収録観衆5,100人発表)大会。
残された公式戦は2つ。先ずセミファイナルで行われたのは2点の鶴田、天龍組vs3点のグレッグ・ガニア&ジム・ブランゼルのザ・ハイフライヤーズの一戦。ハイフライヤーズは勝てば他力本願で優勝決定戦進出の可能性を残しています。
試合はブランゼルが天龍をボディスラムに抱え上げたところ、レフェリーのブラインドを突いた鶴田がノータッチで入って来て天龍の背中をポーン、と押しました。
ブランゼルは天龍を抱えたまま下敷きになって倒れ、天龍が上になってカウント3が入り、17分3秒、天龍がブランゼルを体固め。
鶴田、天龍組が公式戦最終試合でようやく勝利を飾り、1勝2敗2時間切れ1両リンの4点でリーグ戦を終了。ハイフライヤーズは他のチームとは体格的に不利でしたが健闘し1勝3敗1時間切れ1両リンの3点の最下位で終了しました。
続いて行われたメインイベント、公式戦最終試合は5点の馬場、ドリー・ファンク・ジュニア組と4点のスタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ組の一戦。馬場、ドリー組は両リンに持ち込んでも優勝となります。
超獣コンビは2点を取らなければ優勝とはなりません。
試合はハンセン、ブロディ組がパワーで馬場、ドリー組を圧倒。場外の馬場に2人がかりのハイジャック式パイルドライバー、馬場は場外で昏倒。
それでも首を押さえて必死で立ち上がった馬場にハンセンが非情のウェスタン・ラリアット。これで馬場は完全に戦闘不能状態になりました。
リング上で孤軍奮闘のドリー、ブロディにスピニング・トーホールドを決めますが、ハンセンが入って来てドリーにもウェスタン・ラリアット。
リング上でダウンしたドリーをブロディがカバーし、16分19秒、カウント3が入り超獣コンビの完全なる勝利。3勝無敗3両リンの6点で最多得点となり優勝。初代PWF世界タッグ王者チームに認定されました。
馬場、ドリー組は2勝2敗1時間切れ1両リンの5点で2位に終わりました。
この試合でハンセン、ブロディの2人がかりのハイジャック式パイルドライバーを食らい、頚椎を損傷した馬場は若手に抱えられて退場、翌4月26日の大宮スケートセンターでのシリーズ最終戦を欠場すると発表。
60年9月30日、台東体育館における田中米太郎(桂浜)とのデビュー戦以来、23年7か月に亘って続けられてきた国内試合無欠場記録(予め組まれていた試合のみ、アメリカ遠征による『馬場抜きシリーズ』、NWA総会出席による欠場などは除外)が3,711試合でストップ。46歳になっていた馬場に再び危機説、限界説が浮上してきました。
ログインしてコメントを確認・投稿する