84年グランド・チャンピオン・カーニバルPART�技臆坦姐饋佑両匆陲任后�
シリーズフル参戦となるPWFヘビー級王者スタン・ハンセンは前83年11月の世界最強タッグ決定リーグ戦以来3か月ぶりの来日。
前回の来日ではブルーザー・ブロディとの超獣コンビ(ミラクルパワーコンビ)で最強タッグにエントリー、最終戦の12月12日、蔵前国技館では鶴田、天龍組と公式戦で対戦、17分45秒、ハンセンがウエスタン・ラリアットからの体固めで天龍をフォールし優勝。
83年のハンセンは4月28日、京都府立体育館でブロディと組んでの世界最強タッグ戦リマッチに優勝、9月8日、千葉公園体育館では馬場を破ってPWFヘビー級王座を獲得。唯一、馬場と猪木(新日本プロレスNWFヘビー級、80年2月8日、東京体育館)の両方に勝って両団体の看板タイトルを奪取する偉業を成し遂げました。
今回は3月24日、蔵前国技館で馬場の挑戦を受けて2度目の防衛戦を行うことになっていました。後半はブロディと組んでのPWF世界タッグ王座決定リーグ戦にエントリー。「PWF二冠王」を狙っていきます。
前半戦特別参加のテッド・デビアスは前83年10月のジャイアント・シリーズ以来5か月ぶりの来日、前回は「全米各地で行われた」UNヘビー級王座決定トーナメントを勝ち上がり、片方のブロックから決勝に進出して来たジェリー・ローラーと10月14日、佐世保市体育文化会館で王座決定戦を行う予定でしたが、ローラーが負傷の為に来日中止。
NWA本部の裁定によりデビアスが闘わずして新王者に認定されました。王者度なったデビアスは佐世保大会で急遽、全日本の第一コンテンダーである天龍と初防衛戦を行いフォール勝ちで防衛。10月23日、後楽園ホールでの天龍との再戦も両者リングアウトで逃げ切り防衛。ベルトを持って帰国。
年が空けての84年1月27日、ジョージア州アトランタでマイケル・ヘイズに敗れ王座転落、2月3日、テキサス州ダラス・スポーツアトリアムでデビット・フォン・エリックがヘイズを破り王座獲得、新UNヘビー級王者として先エキサイト・シリーズに来日したものの、来日した翌日の2月10日に宿泊先の高輪東武ホテルで25歳の若さで急逝したのは前に書いた通りです。
デビット急死を受けて2月23日、蔵前国技館で天龍はリッキー・スティムボートと王座決定戦を行い、グラウンド・コブラツイストによるフォール勝ちで王座獲得、キャリア8年目にしてシングルのベルトを戴冠しました。
今回は天龍がリッキーと王座決定戦を行うに際し、NWA本部からの条件としてこの試合の勝者はデビアスの挑戦を受けることを付与されており、天龍にとっては避けて通れない相手。
76年11月13日、テキサス州ヘレフォードでのプロレスデビュー戦の相手がデビアス(15分時間切れ引き分け)であり、天龍はまだこの時点でデビアスにシングルでは勝っておらず、新王者としてどうしても乗り越えなければならない高い壁でした。
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