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2018年11月08日18:40

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ジャンボ鶴田怪物伝説(397)

全日本プロレス84年エキサイト・シリーズ終盤戦でもいくつかの注目カードが行われていますが、AWA世界ヘビー級王者となった鶴田の北米サーキットの模様を日本テレビが収録、全日本プロレス中継の中で放送することが決まった為シリーズ間の「撮りだめ」の大会はなし。

まあ、話は事前に決まっていたかと思いますが即座に海外中継に対応するあたりは松根光雄社長体制で日本テレビと全日本プロレスのリレーションが上手く取れていたと言うことです。

2月28日、豊橋市体育館(観衆3,200人発表)では馬場、鶴田組の保持するインターナショナル・タッグ王座にブルーザー・ブロディ、アレックス・スミルノフ組が挑戦。

ブロディ今シリーズ唯一のタイトルマッチとなりましたが、このシリーズ精彩のないファイトぶりのスミルノフが狙い撃ちされて13分10秒、鶴田のフライング・ボディシザースドロップ1発からの体固めであっさりフォール負けし、馬場、鶴田組が3度目の王座防衛を果たしました。

AWA世界ヘビー級王座のベルトを失い、丸腰でアメリカに帰国しなければならないニック・ボックウィンクルはリッキー・スティムボート、スーパー・デストロイヤー2号とトリオを結成、天龍、阿修羅・原、渕正伸組と6人タッグマッチで対戦。

13分39秒、リッキーが渕を回転エビ固めに丸め込んで外国人組が手堅く勝利。

2月26日、大阪府立体育会館ではアジア・タッグ王座を賭けて対戦した石川敬士とスーパー・デストロイヤー1号がシングルで対戦し5分27秒、両者リングアウトの引き分け。

また、大阪でマイティ井上の切り返しに敗れてNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座から転落したチャボ・ゲレロはシリーズ終了後にメキシコ修行が決まっている越中詩郎と対戦。6分3秒にチャボがジャーマン・スープレックスホールドで貫禄勝ち。

81年8月にチャボが新日本プロレスから移籍して以来、越中とは何度も対戦、チャボの得意技であったヒップアタックを越中も若手時代から使っており、越中が影響を受けた選手の一人と思われますが、越中は翌85年には新日本プロレスのリングに上がることになる訳で、このシリーズが最後の顔合わせとなりました。

この年はロサンゼルス五輪のあった閏年で2月29日には富士市吉原体育館大会(観衆2,200人発表)が行われています。ニックとリッキーはこの日が最終戦。

メインイベントでは馬場、鶴田組がニック、Sデストロイヤー2号組と対戦。11分32秒、馬場がカウンターの16文キック1発でSデストロイヤー2号を片エビ固めで撃破。

セミファイナルは天龍、阿修羅・原組vsブロディ、Sデストロイヤー1号組。ブロディが天龍、原を問題とせずに7分、フライング・ボディアタックからの体固めで原からフォール勝ち。ブロディから見れば、キングコング・ニードロップを出すまでもなく試合を終えてしまいました。

リッキーは石川とのシングル戦。14分55秒、ダイビング・ボディアタックからの片エビ固めで勝利し最終戦を白星で飾りました。

メキシコ修行が決定している越中と三沢光晴が遠征前最後のタッグチームを結成、チャボ、ジェリー・モロー組と今シリーズ2度目の対戦。12分58秒、チャボが三沢をジャーマン・スープレックスホールドでフォールし越中、三沢組は勝利成らず。

シリーズ最終戦3月1日、深谷市民体育館(観衆2,000人発表)のメインは鶴田、天龍組とブロディ、Sデストロイヤー2号が対戦。8分55秒、鶴田がSデストロイヤー2号をバックドロップからの体固めで破り、AWA世界ヘビー級、インターナショナル・ヘビー級の二冠王者として有終の美を飾りました。

シリーズ終了後はいよいよ、師匠馬場でさえなし得なかった世界チャンピオンとしての北米サーキットに臨むことになりました。

セミは馬場、原組vsスミルノフ、Sデストロイヤー1号組。8分13秒、原がSデストロイヤー1号を体固めで馬場、原組が完勝。馬場も次期グランド・チャンピオン・カーニバルPART�気任倭�83年9月8日、千葉公園体育館でスタン・ハンセンに奪われたPWFヘビー級王座への挑戦が決まっており、弟子には負けてはいられませんでした。 

チャボ・ゲレロは前83年5月26日、天竜市立総合体育館で大仁田厚の負傷による返上で空位となったNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座決定リーグ戦で決勝を争った(チャボの勝ち)ウルトラセブンと対戦、8分54秒、ジャーマン・スープレックスホールドで完勝。

この日の試合を最後に日本からの離れる越中はトーマス・アイビーとシングル戦を行い、10分51秒、首固めで嬉しい白星。三沢もデビューが半年早い先輩のターザン後藤(三沢は81年8月21日、浦和競馬場駐車場特設リングで、T後藤は81年2月19日、福島県霊山町民体育館でデビュー。全日本のノンキャリアの「入門からの練習生上がり」のデビュー戦の会場は大体こんなものであった)を12分2秒、片エビ固めで降しました。

越中と三沢はシリーズ終了後、メキシコEMLL(現在のCMLL)ヘ修行に出発、ルードとしてサムライ・シロー、カミカゼ・ミサワとして試合をしますが、このメキシコ修行が両者のプロレス人生に大きな変化をもたらすことになるとはこの時は誰も予想できませんでした。
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