鶴田はテッド・デビアスにダラスで勝った後にUNヘビー級王座を返上しますが、ベルトを日本に帰ってからタイトルを管理しているPWFのロード・ブレアース会長に返したのではなく、ダラスのプロモーターであるフリッツ・フォン・エリックに返しているというのがポイントでした。
当時発売のゴング誌によると、フリッツはNWAに加盟している「全米のプロモーター」達に声をかけ、全米各地でUNヘビー級王座決定トーナメント開催を呼びかけました。決勝に残った2人が日本で王座決定戦を行うことになりました。
1回戦(Aブロック)
テキサス州ダラス
○ケリー・フォン・エリックvs●マイケル・ヘイズ
テネシー州メンフィス
○ジェリー・ローラーvs●スパイク・ビューバー
ノースカロライナ州シャーロッテ
○リッキー・スティムボートvs●ロディ・パイパー
フロリダ州ペンサコーラ
○ディック・スレーターvs●ロン・フラー
1回戦(Bブロック)
オクラホマ州タルサ
○テッド・デビアスvs●ジム・ガービン
フロリダ州マイアミビーチ
○バリー・ウィンダムvs●マイク・グラハム
準々決勝(Aブロック)
テネシー州メンフィス
○ローラーvs●ケリー
ノースカロライナ州シャーロッテ
○スレーターvs●スティムボート
準々決勝(Bブロック)
オクラホマ州タルサ
○デビアスvs●ウィンダム

Bブロックのデビアスは準決勝シードとなり、日本での王座決定戦進出が決定。
準決勝(Aブロック)
ノースカロライナ州シャーロッテ
○ローラーvs●スレーター

Aブロックはローラーの決勝進出が決定。
これより少し前に開催された新日本プロレスのIWGPをある意味では上回る感のある豪華トーナメントで、このトーナメント表は日本テレビの全日本プロレス中継でもテロップが流されたかと記憶していますが、トーナメントの行われた日時、会場、試合記録などは残されておらず、このトーナメントが本当に行われていたかは謎。
おそらくゴングの竹内宏介氏の指南によるものかと推測されます。
決勝に残ったデビアスとローラーは83年9月30日、後楽園ホールで開幕した「ジャイアント・シリーズ」に揃って特別参加することになり、10月14日、佐世保市体育文化会館で王座決定戦を行うことになりました。
しかし、ローラー(もし来ていれば初来日)は負傷の為来日をキャンセル。デビアスの不戦勝となりデビアスが闘わずして新UNヘビー級王者に。
佐世保では天龍が急遽、挑戦者としてデビアスのUNヘビー級王座に初挑戦、15分59秒、首固めでデビアスが勝利し王座初防衛に成功しています。
10月23日、後楽園ホールで天龍は再びデビアスのベルトに挑みましたが、両者リングアウトで逃げられ王座奪取成らず。ベルトは再度海外へ。
その結果デビアスからヘイズ、ヘイズかデビット・フォン・エリックへと移動。この2つのタイトル戦は実際には行われていない説が強かったですが、近年、「試合は行われていた」とする文献もあります。真相は薮の中…。
ログインしてコメントを確認・投稿する