猪木の後を受けて「三冠王」になった坂口はUN王座をハーリー・レイス、キング・クロー、ベポ・モンゴル(ニコリ・ボルコフ)と防衛し、72年9月6日、田園コロシアムで初来日の「アラビアの怪人」ザ・シークに敗れ王座転落。
しかし翌9月7日、大阪府立体育会館でシークに雪辱を果たし1日で王座奪回。王座返り咲き後はワルドー・フォン・エリック、ジン・キニスキー(2回)、ミスターX(ジム・オズボーン)を相手に王座を防衛。
この72年は日本プロレスが激震に見舞われ、本連載でも何度か書いていますが、猪木が日本プロレスを追われたことで、猪木を中心に日本プロレスを放送していたNETは自局のエースに去られたことで、日本プロレスに対し馬場の試合の放送を強く要請。
69年に後発のNETが日本プロレスの放送に参入するにあたり、力道山時代から日本プロレス中継を行っていた日本テレビは日本プロレスに対し「馬場の試合は放送させない」、「坂口の試合は放送させない」、「ワールド・リーグ戦の公式戦は放送させない」という3つの条件を呈示、日本プロレスは同意した上で同年7月2日からワールドプロレスリングの放送がスタートしています。
当初のワールドプロレスリングの放送時間は毎週水曜日の午後9時からの60分枠であり、生中継が出来ない時間帯でした。NETの中継のある日も馬場は当然試合に出る訳で、録画ならば誤って馬場と坂口の試合が流れてしまうこともありません。
70年4月からワールドプロレスリングは毎週月曜日午後8時からに移動、生中継可能な時間になりました。また、3つの約束のうち、坂口の試合とワールド・リーグ戦の公式戦はなし崩し的にNETで放送されていました。
ですが、馬場の試合だけは日本テレビは絶対に首を縦に振ることはありませんでした。しかし猪木が抜けたとなれば話は別。ワールドプロレスリングの視聴率は低下し、日本プロレスは決断を迫られました。
日本プロレスの中には「馬場の試合をNETで放送しても日本テレビは了解してくれるだろう」という甘い考えもあり、馬場は4月3日、新潟市体育館大会からNETの画面に登場。
これに怒ったのが日本テレビで5月12日、東京体育館での馬場vsゴリラ・モンスーンとの第14回ワールド・リーグ戦優勝決定戦の試合を最後に放送を打ち切ってしまいました。
その後約2か月間は過去の試合のセレクションを放送し、7月から石原裕次郎主演の刑事ドラマ「太陽にほえろ!」がスタート。
日本テレビの放送打ち切りを受けて馬場は7月29日に記者会見を行い日本プロレスに辞表を提出したと発表。裏では日本テレビが馬場の独立に際し支援しているのは明らかでした。
馬場は興行を買ってくれたプロモーターに迷惑はかけられないと、会見の前日である7月28日に後楽園ホールで開幕した「第二次サマー・シリーズ」には最終戦まで出場。
猪木に次いで馬場にまで去られた日本プロレスは坂口、大木金太郎を中心に興行を展開しましたが、スーパースター2人を失った為か人気は急落しました。
NETは従来の月曜日午後8時に加え、7月からは日本テレビが撤退した「金曜日午後8時」にも進出、1週間のうち、2回日本プロレスの中継がありました。(月曜日がワールドプロレスリング、金曜日は「NET日本プロ・レスリング中継」)。それも、10月の番組改編期からは金曜日午後8時からだけになっています。
独立した馬場は日本テレビの強力なバックアップの元、全日本プロレスを旗揚げ。日本テレビの「全日本プロレス中継」は10月7日から毎週土曜日午後8時から放送開始。
第1回と2回放送は全日本プロレス旗揚げ前だった為、馬場が団体旗揚げに際し、外国人レスラーのブッキング窓口を確立する為に渡米した時、原章プロデューサーと日本テレビのクルーも同行しており、その時に現地で馬場が試合した映像を収録。
7日はハワイ・ホノルル・インターナショナルシアター(ニール・ブライズデル・センター)でのシーク戦、14日は馬場が外国人ブッカーの主要窓口を一任したドリー・ファンク・シニアのテキサス州アマリロにあるテレビスタジオでの謎のマスクマン、ザ・プロフェッショナル戦。
プロフェッショナルは全身赤タイツ姿でしたが、その独特の動きから正体は実力者レイスであることが推測されました。当時は日本プロレスの芳の里、遠藤幸吉がNWAのメンバーであり、全日本プロレスが正式に旗揚げ発表を行う前でしたので、レイスは両腕の入れ墨がバレないようにと全身タイツのマスクマンに変身して試合を行ったと思われます。
第3週の10月21日には町田市体育館での旗揚げ前夜祭(馬場、サンダー杉山組vsブルーノ・サンマルチノ、テリー・ファンク組がメイン)を生中継。第4週10月28日には10月22日、日大講堂における馬場vsサンマルチノの世界ヘビー級王座争覇第1戦が録画中継されました。
10月31日には中央大学4年生に在学中の鶴田友美が「全日本プロレスに就職しました」という名台詞で全日本プロレス入団記者会見を行っています。
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