猪木UNベルト返上の後を受けて72年1月15、16日の2日間にわたり、カナダ・バンクーバー・オーデトリアムにおいて、UN王座決定トーナメントが行われた、ということになっています。
トーナメント参加選手は初代王者説があるデール・ルイス、ルーク・グラハム、ボリス(グレート、ラリー)・マレンコ、ドン・ジャーデン(スーパー・デストロイヤー)、ペッパー・マーチン、ロニー・メイン(ムーンドッグ)、シャグ(セーラー・アート)・トーマス、ルター・レンジ、トム・アンドリュース(ジ・インターンズ1号)、ビル・ワット、ボビー・グラハム(ザ・ヘラキュリー)、キング・クローの12人。
決勝は1回戦にPEマーチン(8分)、2回戦にワット(17分)、3回戦では「クジ運に恵まれて」決勝進出を果たしたクローが、
Lグラハム、メイン、マレンコを破って同じく決勝に進出したトーマスと対戦、21分36秒、「バックブリーカーからの」体固めで破り第6代UN王者となった、と記載があります。
このトーナメントが本当に行われていたかどうかも?で当時のゴング、別冊ゴング、プロレス&ボクシングにもトーナメントのグラビアは発見できませんでした。まあ、おそらくやっていないと思われますが、犯罪と同じにしては例えは悪いかも知れませんが「やったことを証明するよりやってないことを証明するのは難しい」です。
おそらくゴングの竹内宏介さんの考えたストーリーであると推測致します。
唐突に出て来た感のあるキング・クローは「誰?」という感じでしたが、カナダのバンクーバーを拠点として活躍していたダン・クロファットという地元のローカルヒーローのレスラーでした。
全日本プロレスで90年代にダグ・ファーナスとのカンナム・エキスプレスで活躍していたダニー・クロファットはカナダ出身で、子供の頃カナダで見たクロファットに憧れ、リングネームを拝借したとの話です。
さて、新UN王者となったクローは72年2月11日、ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムで日本から遠征して来た坂口の挑戦を受け、2−1で坂口が勝って新王者になりました。
カナダの地元の英雄が日本プロレスと親密関係にあるロサンゼルスまで出向いて、おそらく初防衛戦で坂口に1発で敗れてベルトを失う、というのも何ともおかしな話で、クローは猪木から坂口にベルトを移動させる為のショートリリーフのダミーチャンプではないかと思われます。
坂口は前71年12月12日、東京体育館で吉村道明と組んでドリー・ファンク・ジュニア、ディック・マードック組を破って獲得したアジア・タッグ、UNを獲得。
さらに5月20日にはロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムにおいて、馬場とのタッグでドリーとテリーのザ・ファンクスが保持していたインターナショナル・タッグ王座も獲得。
猪木が日本プロレス時代に持っていたベルト全部を継承致しました。
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