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2018年10月11日19:27

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ジャンボ鶴田怪物伝説(372)

全日本プロレス84年新春ジャイアント・シリーズ開幕第2戦は1月3日の後楽園ホール昼興行(テレビ収録、観衆3,400人超満員発表)。

メインイベントでは2日連続の賞金100万円争奪ヘビー級バトルロイヤルが行われ、決勝には何とリスマルクとマジック・ドラゴンの2人が残るというまさかの展開となり、12分22秒、Mドラゴンのダイビング・ボディアタックをクルリと一回転させて上になったリスマルクが片エビ固めで勝ち、優勝を果たしています。

1月2日はヘビー級、3日はジュニア・ヘビー級のバトルロイヤルが恒例になったのは全日本プロレスでもジュニア・ヘビー級戦士が充実して来た90年代以降の話で、ジュニア・ヘビー級以下の体重と思われるリスマルクがヘビー級の選手の中に入っての優勝というのは快挙と言っていい出来事でした。

セミファイナルは1月10日、室蘭市体育館でインターナショナル・ヘビー級王座を賭けて対戦する鶴田とスティーブ・オルソノスキーがタッグでの前哨戦で激突。

鶴田、天龍組vsオルソノスキー、ケリー・キニスキー組の試合が組まれ、12分40秒、鶴田がバックドロップからの体固めでKキニスキーを破り鶴田、天龍組が快勝。オルソノスキーはスピードはありましたが体格と体力面では完全に鶴田に力負けしており、タイトルマッチも鶴田有利、王者に死角なしを思わせました。

馬場はザ・グレート・カブキとの「東洋の巨人&東洋の神秘」タッグで登場。上田馬之助、鶴見五郎組と対戦、8分35秒、カブキが鶴見を正拳突きからの体固めでフォール。

カブキの正拳突きからのフォールはアメリカでは受けていたようですが、日本の観客の前では説得力を欠いていました。しかし、この時点ではまだカブキは83年2月のエキサイト・シリーズの凱旋帰国以来4シリーズ目であり、新鮮味は残っておりました。

メインのバトルロイヤルで優勝することになるリスマルクは越中詩郎とシングルで対戦、6分24秒、ダイビング・ボディアタックからの片エビ固めで快勝。

全日本プロレス側はリスマルクを「第2のミル・マスカラス」として期待して売り出そうとしていた感もありますが、如何せん、全日本プロレスにはリスマルクのライバル足り得る人材がおらず、大仁田厚は前83年4月20日、東京体育館でのヘクター・ゲレロとのNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級選手権試合の試合後、リング下に転落し、左膝膝蓋骨骨折の重傷を負ったことに起因し、シリーズを欠場中。

新日本プロレスのタイガーマスク(初代)の「引退」で三沢光晴を2代目タイガーマスクとしてデビューさせるのは8か月後とあって、リスマルクの良さを引き出す選手が所属選手にはほとんどいなかったのが現実でした。

元々、軽量級には厳しい馬場がルチャリブレに詳しい訳もなく、この時メキシコからルード(悪玉)のルチャドールを複数呼んで、リスマルクと対戦させていればまた違った展開になっていたかも知れませんし、全日本プロレス初参戦のマッハ隼人も、持ち味を発揮出来たかと思いますが、馬場にはそういった考え方は初めからなかったと思われます。

Mドラゴンの凱旋帰国第2戦はジプシー・ジョーと6分52秒、両者リングアウトの引き分けとなりました。いくら全日本に移って落ち目になったジョーとは言え、国際プロレス時代、ラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座に何度も挑戦した実力者だけに、この結末はいささか寂しい印象を受けました。
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