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2018年08月25日23:07

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(445)

アメリカでプロレスラーとしての生活をスタートさせた輪島大士はデビュー戦を馬場とのタッグで勝利で飾った後、86年8月30日、ネバダ州ラスベガス・シューホートホテル・スポーツアリーナにおいて第2戦を行っています。

馬場と再びタッグを組んでケント・クローバー、ポール・ガーナー組という、おそらくパット・オコーナーが用意したジョバーチームと対戦し、7分32秒、得意技となるゴールデン・アームボンバー(のど輪落とし)を試合で初披露し輪島がクローバーを体固めに決めて勝利。

その後輪島はプエルトリコに遠征、サマー・アクション・シリーズ2を終えてプエルトリコ入りした馬場と再び合流しました。

9月19日にはポンセ・コリセオ・バチン・ビセントにおいて輪島はウラカン・カステロ・ジュニア(71年8月、日本プロレス、75年10月に新日本プロレスにフィデル・カステロとして弟ラウルとのカステロ・ブラザーズとして、78年7月に全日本にヒューラカン・カステロとして来日した選手の息子)と対戦、僅か1分41秒にゴールデン・アームボンバーからの体固めでこれを降しています。

また、当時は日本には報じられませんでしたが、馬場は新日本プロレスに転出したアブドーラ・ザ・ブッチャーとシングルマッチを行いリングアウト負けを喫しています。(タイム不明)

9月20日、マヤグエ・パラシオ・デ・ロス・デポルテスでは輪島はメキシカン・エンジェルに3分30秒、ゴールデン・アームボンバーからの体固めで勝利。馬場はアメリカから来ていたドリー・ファンク・ジュニアと20分時間切れ引き分け。

9月21日、サンファン・イラム・ヴィトンでは輪島はエル・ヒギンズを5分29秒、ゴールデン・アームボンバーからの体固めで降し、馬場は前日と同じくドリーとのシングルマッチを行い20分時間切れ引き分け。

プエルトリコ遠征が終わると、輪島はノースカロライナにあるネルソン・ロイヤル主宰のレスリング・スクールで日本デビュー戦に向けての最終仕上げ。馬場、それにプエルトリコから合流したドリーも着いて細かいチェックが為され、アメリカに拠点を構えていた佐藤昭雄、修行に出ていたターザン後藤も馬場に呼ばれて輪島のスパーリング・パートナー(実際は、練習台)を務めています。

9月24日、ノースカロライナ州ベッサマーシティ、翌25日、ジョージア州ハートクレルでロイヤル道場のジャック・ジャクソンとシングルマッチの連戦を行い、初日は5分6秒、2日目は4分57秒といずれも短時間でこれを撃破。

輪島の全日本プロレス入りを巡っては提携先のジャパンプロレスからは拒否反応の声が出たことも事実で、同時期にプエルトリコに修行に出ていた馳浩からは「輪島さんと同じリングに上がるんですか!?」という否定的なコメントが週刊プロレス誌上に掲載され、誤解を招くとして全日本プロレスから取材拒否を受けた経緯もありました。(すぐに解決)

輪島の日本デビュー戦は次期創立15周年記念ジャイアント・シリーズ最終戦、11月1日、故郷である石川県七尾市総合体育館に決まりました。
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