ルチャ・リブレにもジャベと呼ばれる関節技がありますがやはりUWFでやっているほど先鋭的ではなく、勿論レガースを着けて蹴るキックはありません。
飛び技を封印され、本領発揮出来なくなったUWFのリングでマッハ隼人はそれでもキックやサブミッションから決して逃げることなく闘い続けました。結果的にUスタイルでの試合はマッハの選手寿命を縮める事となり33歳の若さで引退となった訳です。
しかし、マッハは「人間関係はUWFが一番良かった」とコメントしています。UWFではリングを降りれば他人の足を引っ張ったりとか陰湿ないじめはなかったのでしょう。身体が小さい、日本の団体の入門テストを受けていないなどを理由に国際プロレスや全日本プロレスでは決していい思いはしてこなかったのではないでしょうか?(Gスピリッツにそれを裏付けるような本人の談話があり)
かくして、マッハは引退後、プロレス界に復帰することなくリングを去り、そのマスクのデザインはザ・グレート・サスケに受け継がれています。
1月の「サンライズ・ウィークス」からスタートした格闘技ロード公式リーグ戦もこの日が最終戦。セミファイナルでは藤原喜明が高田伸彦を23分35秒、変形肩固めで破り、メインイベントの木戸修vs山崎一夫の結果待ち。
メインの木戸と山崎の試合は15分51秒、木戸がスーパー・タイガーに敗れた(2月24日博多スターレーン)のみで6勝1敗で最多得点で優勝。
2位は木戸に敗れ、空中正三に負傷欠場の為に不戦敗を献上した藤原と、藤原、高田に敗れたSタイガーが5勝2敗で同点2位。次代のエース、前田日明は木戸、藤原、Sタイガーの新日本プロレス時代の先輩3人に負けで4勝3敗で4位でリーグ戦を終了しました。
そんなUWFに朗報が。前84年10月22日から放送が始まったテレビ東京「世界のプロレス」の枠の中で不定期ながらも放送開始が決定、またスポンサーに海外タイムス社が付き、団体名を「海外UWF」に改称、資金的には潤うかと思われましたが…。
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