88年7月22日は札幌中島体育センター大会(テレビ収録、観衆4550人満員発表)。
前年までの全日本、ジャパン提携時代で87年は同じ7月22日に全日本プロレスが札幌中島で興行を行い、鶴田vsスタン・ハンセンのインターナショナル・ヘビー級選手権試合ががメインイベントで両者リングアウトでした。
ジャパンプロレスの解散で、この年から札幌中島には新日本プロレスが2月と7月に戻って来た訳です。
IWGPヘビー級王座挑戦者決定リーグ戦はこの日猪木と長州が激突。先にリングに上がった長州は後から入って来ようとする猪木をリング内から牽制して早くも一触即発ムードに。
試合は猪木が久しぶりにジャーマン・スープレックスホールドを見せました。長州はこれをカウント2でクリア。
3カウント入ったと確信した猪木はレフェリーのタイガー服部に猛烈な抗議。しかし、この時長州に背中を見せてしまったのが命取りに…。
長州は自らロープに飛び、助走をつけて猪木の背後から延髄ラリアット。不意を突かれた猪木は思わずダウン。この時の猪木の顔を捉えている写真が多数出版物になって出ていますが、物凄い形相になっており、その破壊力が伝わって来ます。
さらに長州は正面からのリキラリアット一発、そのままカバーし7分55秒、長州が前日の小樽大会に続いて猪木から完全なフォール勝ちを奪って体固めで猪木からシングル初勝利をあげています。
スーパー・ストロング・マシンを初めとした旧ジャパン軍に抱えられて祝福される長州、ガックリと肩を落とす猪木、明暗がハッキリと分かれました。
猪木はリーグ戦黒星スタート。このまま「落日の闘魂」となってしまうのでしょうか…。
この日リーグ戦はもう1試合行われ、マサ齋藤とビッグバン・ベイダーが激突。
M齋藤はこの時期、旧ジャパン軍(長州軍)の重鎮としてのベビーフェイス的役割とベイダーのパートナーというヒール的役割の両方をこなしておりました。
そういう意味では難攻不落のベイダーの弱点をよく知り抜いていると言えます。
ベイダーのパワーに押され気味のM齋藤でしたが、場外乱闘でベイダーにボディスラムの体勢から何度も場外フェンスに叩きつけられましたが、ベイダーアタックを自爆させ、9分32秒にリングアウト勝ちを収めました。
挑戦者が決まるのを待つIWGPヘビー級王者藤波はこの日は木村健吾と組んでバズ・ソイヤー、マニー・ヘルナンデス組と対戦。
9分19秒、Mヘルナンデスをドラゴン・バックブリーカー(ビル・ロビンソンのワンハンド・バックブリーカーと同じ)からの体固めで破り好調な仕上がりを見せています。
この日ヒロ斉藤が越中詩郎の保持するIWGPジュニア・ヘビー級王座に挑戦。H斉藤がマシン、高野俊二とカルガリー・ハリケーンズを結成して新日本プロレスを退団した時に入れ替わりで全日本プロレスを退団した越中が新日本プロレスのリングに上がりました。(越中は最初は日本プロレスOBの岩田浩が代表を務めるアジアプロレス所属ということになっていた)
新日本プロレスではWWFジュニア・ヘビー級王者、全日本プロレスでは初代世界ジュニア・ヘビー級王者となったH斉藤ですが、UWF勢を相手に修羅場を潜り抜けて来た越中の方が一枚上手だったか、11分31秒、ジャックナイフ式エビ固めで2度目の防衛に成功しています。
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