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2018年04月27日07:04

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飛龍革命〜あれから30年〜(6)

86年12月12日、日本武道館での世界最強タッグ決定リーグ戦の最終戦(鶴田、天龍組が史上初の同点による優勝決定戦でスタン・ハンセン、テッド・デビアス組にリングアウト勝ちし優勝)に輪島大士が東京初登場。師匠馬場とのタッグでリック・マーテル、トム・ジンク組を撃破。

翌87年1月の新春ジャイアント・シリーズからシリーズにフル参戦。タイガー・ジェット・シンと抗争を展開しています。

そんな中で長州は「右腕ガングリオン」を理由に次のエキサイト・シリーズから欠場。シリーズ最終戦の3月12日、日本武道館でリック・フレアーのNWA世界ヘビー級王座に挑戦が予定されていましたがキャンセルとなり、代わりに輪島が挑戦となりました。

試合はフレアーマジックとも言うべき展開で輪島の良さを引き出し、18分29秒、首固めで王座防衛。

全日本プロレスでは新装なった大阪府立体育会館のプロレスこけら落としとなる4月2日に天龍、輪島組vs長州、アニマル浜口組という刺激的なカードを組みましたが、長州の新日本Uターンにより実現せずに終わりました。

本連載(2)で書きましたように長州達が去った全日本プロレスのリングは再び日本人vs外国人の対決が主流になるかと思われましたが、天龍同盟の活躍により活性化していきました。

一方でWWFの攻勢に遇い、外国人レスラーを思うようにブッキング出来なくなっていたNWAのジム・クロケットの対応に見切りを付けた馬場は全日本プロレスのフラッグシップタイトルであるPWFヘビー級、インターナショナル・ヘビー級、UNヘビー級の3つのシングルベルトと、インターナショナル・タッグ、PWF世界タッグの2つのタッグベルトをそれぞれ統一する動きに出て来ました。

88年3月9日、横浜文化体育館でUN王者天龍がPWF王者ハンセンにフォール勝ちし二冠王に。

3月27日、日本武道館では前年全日本プロレスに復帰を果たしたブルーザー・ブロディが鶴田を破りインターナショナル・ヘビー級王座を獲得しています。

同日、天龍のPWF、UNの二冠王座にハンセンがリターンマッチを挑み、天龍が反則勝ちで辛うじて初防衛に成功しています。

日本テレビの全日本プロレス中継のゴールデンタイム撤退、毎週日曜日午後10時33分からの放送第1弾は4月3日、この武道館大会を放送しています。

午後10時33分ならまだどうにか月曜日出勤のサラリーマンも最後まで見られる時間帯でした。

しかし、この頃プロ野球中継の放送時間内に試合が終わらないと午後9時で放送を切られることに視聴者からテレビ局に苦情が殺到し、野球中継を30分延長、もしくは試合終了まで放送する動きが主流となり、時間帯の繰り下げが行われました。

家庭用ビデオデッキが普及していましたが、放送時間帯の繰り下げに対応出来ていた機種は一部であり、録画視聴組は「録ってあったけど、違う番組が入っていた」というケースはしばしば発生していました。

ゴールデンタイムから撤退した全日本プロレスは88年3月一杯で松根光雄社長が退任。馬場に代表権が戻されました。松根社長は一定の役割は果たしたと思います。
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