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2018年04月10日08:01

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(335)

参加予定であったダイナマイト・キッド、デービーボーイ・スミスが直前にライバル団体の全日本プロレスに引き抜かれて行ってしまうと言う、屈辱のアクシデントに見舞われた新日本プロレスの第5回MSGタッグ・リーグ戦は84年11月16日、川崎市体育館で開幕。

2年連続優勝を果たしていた猪木、ハルク・ホーガン組は解体され、猪木は藤波と、ホーガンはワイルド・サモアンと組んでエントリー。

アンドレ・ザ・ジャイアントは元国際プロレスの稲妻二郎ことジェリー・モローとのチームで出場。モローは80年にカナダ・ニューブランズウィック地区に遠征、現地の女性と結婚し生活の拠点をカナダに置いていた為、81年の国際プロレス崩壊の時は日本にはおらず、カナダで知らせを受けて男泣きしたと言います。

83年7月に鶴見五郎の誘いでモローとして全日本プロレスに参戦していましたが、吉原功元国際プロレス社長の新日本プロレス顧問就任で84年8月から新日本プロレスに登場。アンドレとは同じフランス人(モローはフランス領マルチニーク島出身)で若手の頃、モンスター・ロシモフとして国際に来ていた時に身の回りの世話をしており、旧知の間柄でした。

ディック・マードック、アドリアン・アドニス組、坂口、木村健吾組、タイガー戸口、ケリー・ブラウン組、ストロング・マシン1&2号が参加しましたが、スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ組、テリーの復帰により復活したドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク組のザ・ファンクス、ハーリー・レイス、ニック・ボックウィンクル組に新日本より移籍のキッド、スミス組等、超豪華外国人メンバーを一同に揃えた全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦と比べるとメンバーが一枚も二枚も落ち、興行戦争ではやる前から勝負あった、という感じでした。

それでも開幕戦は5000人発表と満員の観客が集まりました。

メインは猪木、藤波組vsホーガン、サモアン組の公式戦。試合は猪木が場外にホーガンを引きつけておいて場外での延髄斬り。猪木の延髄を食らった勢いでホーガンは頭から鉄柱にぶつかり、額から流血してダウン。リング上ではその間、藤波がサモアンを回転エビ固めに決めて猪木、藤波組が勝利を収めています。

ホーガンは猪木の攻撃で頭部を負傷したという理由で以後のリーグ戦を棄権し、アメリカに帰国してしまいました。

しかし、ホーガンの傷はプロレスでは日常的に見られた「カット」による流血であり、とても試合を欠場して帰国しなければならない重傷には思えず、当初から1試合のみの出場ではなかったかという疑念が残ります。

ビンス・マクマホンは立会人として来ていながらキッド、スミスの全日本移籍について何も抑止力は持たず、ホーガンも開幕戦のみで帰国させられ、年間50万ドルという業務提携料を支払っていたにも関わらず、新日本プロレスにはメリットが少なかったです。

全日本プロレスに移籍したキッドとスミスは世界最強タッグ決定リーグ戦の前に11月16日に後楽園ホールで行われたジャパンプロレス主催の創立1周年(代表の大塚直樹が新日本プロレスを退職し猪木から休眠会社だった「新日本プロレス興行」を買受けてからほぼ1年という意)興行に出場。

全日本のグレート小鹿、大熊元司組の極道コンビと対戦し僅か2分4秒でこれを撃破。メインイベントの馬場、タイガーマスク組vs鶴田、天龍組のエキシビションマッチに乱入。

タイガーマスクと乱闘となり、急遽、タイガーマスクとキッドの3分間のエキシビションが実現し時間切れ引き分けとなりました。
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