UWF旗揚げオープニング・シリーズは84年4月11日、大宮スケートセンターで開幕。
開幕戦のメインイベントは前田日明がダッチ・マンテルを9分58秒、フライング・ニールキックからジャーマン・スープレックスホールドで破りました。
また、高田伸彦は1シリーズ限定ということでオープニング・シリーズに参戦しました。
新間顧問は猪木が当初の約束を守ってUWFに来てくれるものと本当に信じていたかどうかは怪しいですが、移籍金として2500万円(4000万円説もあり)渡してあることを明かしています。
その資金は浦田昇社長が工面してきたものでした。
猪木は新間発言を受けて「そんな金額では俺は動かない」と反論。だがお金を受け取ってないとは言っておらず、アントンハイセルの運転資金に使われて右から左へ消えてしまった可能性が強いです。
オープニング・シリーズは4月17日、蔵前国技館で最終戦を迎え、メインでは当初、前田のWWFインターナショナル・ヘビー級王座に藤原喜明が挑戦すると言われておりましたが、同名のタイトルを勝手に作られた新日本プロレスが面白い訳がなく、試合はノンタイトル戦に。
レフェリーは新日本からタイガー服部が来て裁きました。試合は両者フェンスアウトとなりましたが延長戦となり、両者KOの引き分けに終わっています。
開幕戦こそ3100人満員発表でしたが、その後の萩、下関といった地方大会では不入りが続き、蔵前は9100人発表でしたが、空席が目立ち、何よりテレビ照明のない暗い国技館を見るのは始めてでした。
少なくともこの段階でUWFに明るい未来を感じ取ることが出来たか?と言えばそうではなかった、と申し上げるしかありません。
その2日後、4月19日には同じ蔵前で新日本プロレスがビッグ・ファイト・シリーズ第2弾の最終戦を開催。こちらは12000人発表で超満員。
正規軍vs維新軍の柔道形式による5対5勝ち抜き戦が行われています。
維新軍の先鋒は小林邦昭と順当だったのに対し、正規軍は藤波が先鋒、観客席が大きなどよめきに包まれました。
藤波は小林邦と維新軍次鋒の寺西勇を連破、維新軍中堅の谷津嘉章にリングアウト負けと上手く先鋒としての役割を果たして正規軍次鋒の高田に繋ぎました。
高田は谷津にミサイルキックの連発で攻勢に出ましたが、谷津のワンダースープレックスにフォール負け。しかし蔵前のメインで成長著しいところを見せました。
正規軍中堅は木村健吾、3試合目となり疲れが目立つ谷津を稲妻レッグラリアットで破ったものの、維新軍副将のアニマル浜口のブロックバスターにフォール負け。
試合は振り出しに戻り、正規軍副将藤原喜明と浜口の対戦。藤原は大将となる猪木を維新軍の大将、長州と「無傷」の状態で対戦させる為に場外に浜口を誘い、リングインしようとする浜口の動きをことごとく阻止。
両者リングアウトとなり、大将戦の猪木vs長州戦はお互い1試合目の無傷対決となりました。この藤原の仕事振りに観客は大喜び。両リンも時と場合によっては観客に受け入れられることもあります。
大将戦は猪木が長州を卍固めに決め、ギブアップしない長州に「これ以上続けると長州の首が折れる」としてレフェリーのミスター高橋はレフェリーストップで猪木の勝利を宣告。
正規軍の勝ちとなりました。勝利者賞を手に大団円の正規軍。この時点ではUWFの影響はほとんど新日本のリングには及んでいないように思われましたが…。
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