ミル・マスカラス幻の国際プロレス参戦ポスターの日付、78年9月15日の件ですが、
マスカラスはこの年の8月18日、鹿児島県立体育館で開幕した全日本プロレスの「サマー・アクション・シリーズ2」にこの時が初来日となった実弟のドスカラスと共に来日しています。
開幕戦の鹿児島ではザ・デストロイヤーを2-1で破りPWF認定USヘビー級王座を獲得。
8月24日、田園コロシアムではドスカラスとのマスカラス・ブラザーズで馬場、鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦しましたがドスカラスと馬場、鶴田に体格差があり過ぎ、2-1で敗退。
8月31日には大阪府立体育会館でマスカラスを追って初来日したエル・ハルコン(クエルボ・オルチス、82、83年に新日本プロレスに来たハルコン78とは別人)の挑戦を受けてALLL(オールラテンアメリカ・ルチャリブレ、組織の出土に関しては不詳)ヘビー級王座防衛戦を行いました。
この試合、エキサイトしたハルコンがマスカラスのマスクに手をかけて1-1からマスカラスが反則勝ちで王座を防衛しましたが、マスカラスのマスクは口から鼻下にかけて無惨にも破れてしまいました。
怒ったマスカラスはマスカラ・コントラ・マスカラ(敗者覆面剥ぎマッチ)での決着戦をアピールしています。
9月8日、仙台市レジャーセンターではUNヘビー級王者、鶴田とノンタイトル60分3本勝負で対戦し1-1から両者リングアウトの引き分け。
9月11日、盛岡・岩手県営体育館ではデストロイヤーのリターンマッチを受けてPWF認定USヘビー級王座の初防衛戦を行いましたがデストロイヤーの意地と執念の前に2-1で敗れベルトは失いました。
9月13日、愛知県体育館でマスカラスはハルコンとALLLヘビー級王座を賭けてマスカラ・コントラ・マスカラで決着戦(時間無制限1本勝負)を行いました。
試合は呆気ない幕切れで僅か4分38秒、マスカラスがボーホールド(弓矢式背骨折り)で完勝。大阪でのエキサイティングな試合は何だったのか?と思わせる凡戦でしたがハルコンのマスクを剥ぐことに成功しています。
しかしこのマスカラ戦、実は前77年7月29日、メキシコシティ・アレナメヒコで両者はマスカラ戦で対戦し、マスカラスが勝ってハルコンのマスクを剥いでおり、以降ハルコンは素顔で試合をしていました。
日本遠征の為に急造マスクマンとして馬場に呼ばれて来日しただけでした。
翌9月14日、京都・日本正武館でサマー・アクション・シリーズ2は閉幕。シリーズを通して主役であり続けました。
つまり、その翌日からマスカラスが国際プロレスに参加するという話になっていた訳です。
国際プロレスのダイナマイト・シリーズの9月15日以降のタイトル戦が行われた会場は、9月25日、高岡市民体育館、10月4日、札幌中島スポーツセンター、最終戦の10月13日、常陸太田市民体育館でした。
ログインしてコメントを確認・投稿する