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2017年12月10日23:01

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(238)

国際プロレスの吉原功社長とは懇意の中であり、ブレーンとして活躍、東京12チャンネルの「国際プロレスアワー」の解説をしていたフリーライターの菊池孝氏(2012年9月死去)は雑誌Gスピリッツにて以下のようなコメントをされています。

菊池さん「吉原さんに言わせると『新日本の方が金を出してくれた』と。馬場の方は『吉原さんは払うものを払ってくれなかった』と。これは多分合同興行の話なんだろうけど、どちらも本当の話かも知れない」

『払うものを払ってくれなかった』のは恐らく国際プロレスの主催シリーズだった日本リーグ争覇戦の全日本勢のギャラの話かと推測出来ます。

新日本プロレスは、常に資金繰りに苦しんでいた吉原社長の足許を見て、いくばくかの運転資金を援助、あるいは融資したのか?

菊池さん「とにかく新日本は国際を潰したかったんだよ。多少の見せ金をつかませてもね。(ストロング)小林を引き抜いてTBSが放送を打ち切った時、馬場が高千穂、クツワダ、大熊達を連れて国際のリングに助っ人参戦した時、猪木は『馬場の野郎、余計なことをしやがって!国際なんか潰してしまえばいいのに』と言ってたんだから。猪木の魂胆は最初から国際潰しだったんだよ」

猪木嫌いを生前公言していた菊池氏らしい辛口のコメントですが、後の新日本プロレスと他の団体とのビジネスのやり方を見ると当たってないとは言い切れない面もあります。

団体が潰れる潰れないは別として、国際を始め、長州力現場監督時代のWAR、UWFインター、大日本プロレス、全日本プロレス(三沢光晴以下のプロレスリングノア勢の大量移籍後の00年)など「対抗戦」という切り札を使って多くの団体を軍門に降して来た歴史があります。

90年代の新日本ジュニアにもその傾向は強く残り、金本浩二らがインディーズ団体の選手を「壊して」来ています。

やはりこれは猪木の遺伝子であり、当時の新日本の持つ危険な雰囲気があったことは言うまでもありません。

新日本プロレスの強さをリング上で誇示して見せ、利用価値がなくなると捨てる、この歴史が続いていました。

もう一人、東京12チャンネルの解説者で東京スポーツの門馬忠雄氏は、

「詳しくはわかりませんが、吉原さんと永里さん(高平、テレビ朝日運動部長、後の新日本プロレス専務)のラインだと思いますよ。何度か吉原さんと永里さんの飲みの席に同席しましたが『早稲田大学の人脈って言うのは凄いな』と思いました。」

既に何度か書いていますが、早稲田大学卒業の吉原社長のプロレス人生には節目節目で早稲田の先輩達が吉原社長に救いの手を差しのべています。

68年1月にTBSの放送が開始されたのもTBS運動部長だった森忠大の意見が通り、そのTBSが74年3月末でテレビ放送を打ち切った時に吉原氏に声をかけたのが東京12チャンネルの白石剛達(たけみち)運動部長、さらにテレビ朝日の永里高平氏と早稲田大学の人脈が大きなターニングポイントには必ずいました。

菊池氏の話は間違ってはいないでしょうが多分に感情論が含まれ、門馬氏の話が実務レベルに沿っていると考えるのが順当かと思います。
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