78年11月25日、国際プロレス日本リーグ争覇戦の蔵前国技館大会は新日本プロレスと全日本プロレスの所属選手が一度に同じリングに上がり、翌79年8月26日、日本武道館で開催された「プロレス夢のオールスター戦」より前に、当時現存していた男子3団体の選手が一同に会した歴史的意義のある大会となりました。
新日本から出場のストロング小林と小林邦昭の試合はテレビ収録はされていません。
07年3月に発売されたDVD-BOX「不滅の国際プロレス」に竹内宏介氏が8ミリカメラで撮影した映像が収録されています。
小林邦昭は寺西勇と対戦し、10分18秒、ジャーマン・スープレックスホールドで敗れています。後に維新軍団、ジャパンプロレスで行動を共にする両者ですが、キャリア5年半でメキシコ修行に出る前の小林邦とキャリア12年のベテラン寺西とでは当時はまだまだ実力に差がありました。
S小林はフリーのミスター・ヒトと対戦し15分59秒にリングアウト勝ち。
前回書きましたが、この日は国際の主催興行でありながら日本テレビの全日本プロレス中継による生放送が行われています。
全日本プロレス中継もジャイアント・シリーズが11月9日、豊橋市体育館で閉幕し、世界最強タッグ決定リーグ戦の開幕戦まで3週間のオフ。録り溜めしていた映像以外に新鮮な素材が欲しいところでした。
この日は11月3日、後楽園ホールからの録画と(ヘビー級バトルロイヤル、鶴田vsアブドーラ・ザ・ブッチャー戦を放送)二元中継でした。
CM明けにカメラが国技館に切り替わり、日本リーグ争覇戦決勝トーナメント1回戦、マイティ井上vs鶴田戦を放送。(45分1本勝負)
M井上の後方回転エビ固めをロープを掴んで自爆させた鶴田がジャンプ一番、前方回転エビ固めを決め、16分38秒、カウント3が入り、鶴田が準決勝進出を決めています。
M井上と鶴田の試合は興行的にはセミファイナルでしたが、日本テレビの生中継の関係でセミ前に行われています。
M井上vs鶴田戦が終了しても放送時間が余った為、その後行われたミスター・サクラダ、石川孝志組vsプロフェッサー・タナカ、ディーン・ホー組のタッグマッチ(45分3本勝負)を放送。試合はサクラダとタナカが1本ずつ取り合った後両チームリングアウトとなり1-1の引き分けでしたが、タッグマッチの途中で全日本プロレス中継は放送終了しています。
メインイベントは決勝トーナメント1回戦、ラッシャー木村vsキム・ドクの一戦。この試合は東京12チャンネルが収録。
試合前に4年10か月ぶりに古巣国際のリングに上がったS小林がリングに上がり、両選手に激励の握手を求めました。
ドクはヒールモードからこれを拒否、R木村は硬い表情で握手を受け入れています。
S小林が去ってから、IWA世界ヘビー級王者として金網で血ダルマになりながら、団体の屋台骨を必死で支えて来たR木村は複雑な心境だったと思います。
試合は前週の大阪に続き、乱戦となりましたが場外でドリルアホール・パイルドライバーを決めたR木村が12分23秒、リングアウト勝ちを拾って準決勝に進出を決めています。
ログインしてコメントを確認・投稿する