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2017年11月03日22:49

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(201)

全日本プロレスと国際プロレスの全軍対抗戦は77年11月25日、前橋・群馬県スポーツセンターから12月1日の和歌山県立体育館まで全6戦が組まれています。

全日本プロレスは、11月4日、長野・諏訪湖スポーツセンターでジャイアント・シリーズが閉幕し、馬場、鶴田はシリーズオフには韓国遠征に行っており、12月2日、後楽園ホールからは2年前の75年に開催して高い評価を得たオープン選手権の「タッグ版」、世界オープン・タッグ選手権が開幕することになっており、この時点で新たに対抗戦の為に会場を押さえることは難しい状況にありました。

そこで、国際プロレスがダイナマイト・シリーズ終盤戦1週間の為に押さえてあった会場を対抗戦に振り替える形となりました。

この為、大会場での開催はありませんでした。

国際プロレスにアジア・タッグ王座奪われる、の報を遠征先の韓国で聞かされた馬場は、11月7日、ソウル市金一文化体育館で大木金太郎、キム・ドク組に2-1で敗れ、インターナショナル・タッグ王座から転落。全日本プロレスは2日間連続でタッグのベルトを流失させてしまいました。

11月25日、前橋の開幕戦は日本テレビが収録、テレビ収録用と地方都市を廻る為、外国人がいた方が興行的にはいい、という馬場の考えか、世界オープン・タッグ選手権に参加するビル・ロビンソン、ジム・デュラン(アメリカで敵対関係にあったアブドーラ・ザ・ブッチャーとザ・シークを「優勝賞金1000万円」を餌に結託させた悪の仕掛人、マネージャーという役割での来日、公式戦の参加はなし)が1週間先乗りして参加しています。

国際プロレスもダイナマイト・シリーズからキラー・ブルックス、キューバン・アサシン1号が残留して参戦しています。(外国人は対抗戦への参加はなし)

メインイベントは対抗戦とは無関係な馬場、鶴田組が大木、ドク組のインターナショナル・タッグ王座へリターンマッチを挑みましたが、1-1から両チームリングアウトの引き分け。

世界オープン・タッグ選手権の期間中にはタイトルマッチは組まれず、馬場、鶴田組はタッグ無冠で越年が決定。

馬場は翌11月26日、秋田・大曲市仙北県民体育館から対抗戦に出場、グレート草津とシングルマッチで対戦。

馬場と草津は草津が日本プロレスを退団して国際に移籍、アメリカ武者修行を経てTBS路線によるエースとして凱旋帰国した際、羽田空港で偶然にも馬場と遭遇。

「馬場さん、お久しぶりです。馬場さんは日本プロレスのエース、僕は国際プロレスのエース、エース同士お互いに頑張りましょう」と言われて閉口したことがあり、

何回か前に書きましたが、馬場が全日本プロレス旗揚げシリーズに選手を貸し出してもらった見返りに国際の興行に参戦した時の72年11月29日、東京体育館では馬場は草津と組んでレッド・バスチェン、マリオ・ミラノ組と対戦(馬場に草津組が2-0のストレート勝ち)しましたが、

その時の入場順で馬場に「馬場さん、お先にどうぞ!」と言ってまた馬場の怒りを買っています。

草津によると「アメリカでは格上の選手の方が前を歩く」との話でしたが、ここは日本であり理屈に合わない話でした。

75年のオープン選手権では草津は2点と散々な結果に終わっていますが、この結果もこの話を聞かされると納得…。

試合は11分52秒、馬場がグラウンド・コブラツイストであっさり勝っています。
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