78年6月29日、箱根小涌園グリーンパレス(テレビ収録)のメインでは猪木、木戸修組vsピーター・メイビア、ラリー・ズビスコ組が激突。木戸とズビスコが1本ずつ取り合ってからの両チームリングアウトの引き分け。
セミファイナルは坂口がペドロ・モラレスと76年5月11日、東京体育館での第3回ワールド・リーグ戦優勝決定戦以来のシングル対決となりましたがいいところなくモラレスの回転エビ固めにフォール負け。
10年ぶりの来日となったメイビアは刺青こそ凄かったものの、試合はスピードがあまりなく、正直期待外れでした。
猪木とメイビアのシングルマッチ60分1本勝負は翌日の6月30日、船橋市杉の子ゴルフガーデン特設リングで唐突に組まれ、6分36秒、グラウンド・コブラツイストで猪木があっさりと勝利しています。
これは中学校の同級生が観戦に行っていました。私も誘われましたが、この日は金曜日であり、前日の箱根大会をワールドプロレスリングで放送しており、断念。まだビデオデッキが我が家に来る前の話なので仕方なしでした。
その時、サマー・ファイト・シリーズのパンフレットを買ってきてもらったのですが、思わぬミスが判明。
先のMSGシリーズ激闘譜の猪木vsアンドレ・ザ・ジャイアントの写真がよく見ると猪木ではなく、ストロング小林だったことを発見。
調べてみると国際プロレスの72年5月6日、盛岡・岩手県営体育館での第4回IWAワールド・シリーズ優勝決定戦、S小林vsモンスター・ロシモフ戦のものでした。
S小林と猪木は風貌が似ていた時代がありましたがそれにしてもこんな間違いを起こすかと…。
私は早速、南青山にあった新日本プロレスの事務所に電話をかけて「写真が違っている」と指摘。電話に出た社員は「すいません、確認してみます」という対応でした。
シリーズ最終戦、7月27日の日本武道館は生観戦していますが、この時にパンフレットを買ったらきちんと猪木とアンドレのものに差し換えられておりました。
7月7日、福島県石川町体育館のテレビ生中継ではメインで猪木はズビスコとのシングルマッチ、6分31秒、バックドロップからの体固めで勝利。
モラレスはS小林を回転エビ固めで降しています。
7月24日、広島県立体育館で猪木とモラレスはNWFヘビー級王座を賭けて待望の初のシングルマッチが実現タイトル戦に向けての機運が高まって来ました。
また、交互にWWWF遠征を行っていてシリーズ不参加で組まれなかった坂口、S小林組の北米タッグ王座にはメイビア、ヘイスタック・カルホーン組が挑戦。
同王座の防衛戦は2月2日、札幌中島スポーツセンターでのタイガー・ジェット・シン、上田馬之助組戦以来5か月ぶりの開催となります。
当時、一般的にはタイトルマッチの防衛戦の期限は6か月と言われていましたのでギリギリ守ったと言えます。
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