78年3月10日、郡山市総合体育館では藤波はロン・スターとのシングルマッチ。
ロン・スターもイワン・コロフ同様、今年17年6月8日に亡くなっています。
80年2月には王座決定トーナメントで優勝、オクラホマ版NWA世界ジュニア・ヘビー級王者となり、同時期に藤波が獲得したNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王座との「正統性の真偽」について物議をかもしますが、それは後日順を追って書いていきます。
この日、藤波は前週の凱旋帰国マッチで使った「ブルー・アイド・ソウル」ではなくミーコ版の「スター・ウォーズ」のテーマに乗って入場。
残念ながら、ミーコのスター・ウォーズも日本テレビの全日本プロレス中継が番組内のBGMとして先に使用していた楽曲であり、新鮮味には欠けました。
この試合で藤波は場外に落ちたスターに対し自らロープに飛んでサードロープとセカンドロープの間を抜けて頭から突っ込む「ドラゴン・ロケット」を初披露しています。
観客もテレビ視聴者も一瞬何が起きたかわからずにいましたが、見たことのない空中殺法に度肝を抜かれました。
メキシコではトペと言われる空中技の一つで普通に日常の試合で見られていましたが日本のファンはそれこそ免疫がなく、ドラゴン・スープレックスホールド同様、見たことない技で日本では藤波がパイオニアでした。
日本ではミル・マスカラスが全日本プロレスのリングにおいて、76年1月3日、後楽園ホールでのザ・デストロイヤー戦(USヘビー級選手権試合)と77年8月25日、田園コロシアムでのジャンボ鶴田戦(UNヘビー級選手権試合)の2回、場外に落ちた相手にコーナーポスト最上段から飛んでぶつかるプランチャ・スイシーダ(スイシーダとは『入水自殺』の意)を公開し、観客とテレビ視聴者を驚かせていますが、藤波のように頭から突っ込む形は日本初でした。
これで試合のペースを握った藤波はドラゴン・スープレックスホールド(飛龍原爆固め)を決め、この時はレフェリーのミスター高橋はカウントは入れず、レフェリーストップとして試合終了のゴングを要請しています。
メインイベントは猪木、木戸修組vsマスクド・スーパースター、ロベルト・ソト組の対戦。外人組にはマネージャーのグレート・マレンコが付き度々試合に介入しています。
1本目はスーパースターが木戸を体固め、2本目は日本組の反則勝ち、3本目はまたもスーパースターが木戸を体固めに決め、木戸がスーパースターから2本取られての日本組の完敗でした。
猪木は試合中にまたしてもマレンコの「火のついた葉巻」で顔面を焼かれて火傷を負ってダウン、負傷した左眼にさらなるダメージを与えられてしまいました。
ログインしてコメントを確認・投稿する