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2017年08月02日22:28

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(109)

藤波がWWWFジュニア・ヘビー級王座を奪取した78年1月23日、ニューヨークMSGではスーパースター・ビリー・グラハムのWWWFヘビー級王座にミル・マスカラスが挑戦しています。

マスカラスは「覆面レスラーは出場禁止」というニューヨーク州アスレチック・コミッショナーの定めたルールに従うことなく72年12月18日、MSGに初登場。

ザ・スポイラー(スーパー・デストロイヤーとして活躍したドン・ジャーデン、この時は素顔)と対戦し勝利。

75年には元NWF代表であったペドロ・マルチネスとジョニー・パワーズがケーブルテレビ事業の社長で富豪であるシカゴ・ホワイトソックスのオーナーであったエディ・アイホーンの資金援助を得て設立したIWAの世界ヘビー級王者としてアメリカ東部地区でWWWFのオポジション団体のエースで登場しています。

IWAはMSGとハドソン川を挟んで近所に位置するニュージャージー州ジャージーシティのルーズベルト・スタジアムで興行を開催してビンス・シニアに真っ向から喧嘩を売りましたが、初回(7月10日)こそは22000人という大観衆を集め、ビンス・シニアを脅威たらしめましたが次第にじり貧になり、オーナーのアイホーンもマルチネス、パワーズの追加資金支援を断った為、IWAはニューヨークから撤退、パワーズはノースカロライナでインディーズとして団体を運営していましたがマスカラスはベルトを持ったままフリーとなり76年1月には古巣の全日本プロレスのリングに復帰しています。

その後マスカラスは77年にWWWFにブッキングされて12月19日、MSGでグラハムの王座に挑戦を果たし、グラハムを流血に追い込んでドクターストップ勝ち(ルールによりベルト移動なし。)

この日はマスカラスが絶対有利と言われましたが13分19秒、グラハムが幸運にも反則勝ちを拾って王座防衛。

次回2月20日のMSG定期戦では、セントルイスからやって来たボブ・バックランドが王座挑戦と発表されています。

さて、78年という年を一つの契機として、ビンス(ジュニア)が実権を握って全米制圧に乗り出す前の83年位までは、日本とアメリカのリング上が微妙にリンクする時代が続いていきました。

MSG決戦から2日後の1月25日にはフロリダ州マイアミのオレンジボウルにて史上初となるNWA世界ヘビー級王者ハーリー・レイスとWWWFヘビー級王者グラハムがダブルタイトルマッチで対戦しています。

試合は60分3本勝負で行われ、1本目はグラハムがベアハッグ、2本目はレイスがブレーンバスター(バーディカル・スープレックス)から体固め。

決勝の3本目は60分時間切れとなり1-1で両者タイトル防衛に成功していますが、片やNWA世界王者レイスは全日本プロレスへの遠征から戻って来たばかり。

1月18日、札幌中島スポーツセンターでは馬場に1-1から反則負け。1月20日、帯広市総合体育館で鶴田に1-1から時間切れ引き分けでベルトを守ってから帰国してこのダブルタイトルマッチに臨みました。

一方のグラハムはレイス戦を終えた後2月初旬から新日本プロレスに来日、坂口の挑戦を受けることになっていました。

日本とアメリカが身近になったのがこの時期と言えそうです。
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