77年1月14日、福岡九電記念体育館大会メインイベントは坂口、ストロング小林組の持つ北米タッグ王座にタイガー・ジェット・シンとこれが新日本プロレス試合初参戦となる上田馬之助のコンビが挑戦。
試合はシンと上田が2人がかりでS小林の左腕を集中攻撃。地元福岡で観客にいいところを見せたい坂口でしたが巧みな牽制に合い思ったようにカットに入れず。
逆関節技はもちろん、コーナーの金具やロープを使ってS小林の腕を殺していきます。
完全に左腕の自由が利かなくなったS小林にシンはキーロック、時間をかけてじっくり絞り上げてから逆片腕固め。13分1秒、S小林はたまらずギブアップ。
シン、上田組が1本目を先制しました。インターバルの間もS小林は左腕負傷のダメージから回復出来ずダウンしたまま。
2本目、動けないS小林の左腕をシンと上田は執拗に攻撃し続け、レフェリーの制止を振り切って2人がかりでの攻撃。6分36秒、ゴングが要請されて試合はノーコンテストになりました。
坂口、S小林組はスコアの上では0-1で敗れましたがノーコンテストの為ベルトの移動はなし。2月2日、大阪府立体育会館で再戦が行われることになりました。
一方、首を痛めた猪木は救急車で福岡市内の病院で応急処置を受けた後翌日東京に戻り、主治医であった佐藤三蔵医師(フジテレビ系人気番組京唄子、鳳啓助出演「唄子・啓助のおもろい夫婦」にレギュラー出演しタレント医師としても知られていた。)が院長を務める台東区の菊屋橋病院で診察を受け、頸椎損傷により2週間の入院をしました。
余談ですが現在新日本プロレスを初めとしたリングドクターで活躍中の東京・葛西の弘邦医院院長、林督元(まさゆき)医師は三蔵先生のオマージュドクターではないかと思われます。
83年のハルク・ホーガン戦での舌出し失神事件をアングルとすれば、こちらもその可能性は高く、ブルーノ・サンマルチノに次いで「猪木もハンセンに首をやられた」という話題作りとも考えられます。
九州巡業を途中で欠場した猪木の穴を埋めようと1月21日、長崎国際体育館では坂口がシンとメインでシングルマッチを行い13分22秒、両者リングアウトの引き分け。
1月28日、松江市総合体育館では福岡で腕を痛めつけられたS小林が同じくメインでシンと対戦、福岡で受けた屈辱を晴らさんと猪木ばりのコブラツイストを繰り返し攻めましたがコブラクローで10分52秒、体固めでフォール負け。
やはり坂口、S小林では虎退治は成らず、猪木は2月2日、大阪でのハンセンとの試合で復帰と発表されましたが実は1日前の2月1日、岐阜市民センターでのブルータス・ムルンバ戦で予告なしに復帰し5分28秒、逆さ押さえ込みで勝利を飾りました。
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