猪木vsアクラム・ペールワン第3ラウンド。2ラウンドでの猪木の顔面への攻撃を嫌がったアクラムはもはや戦意喪失気味でした。
組み付こうとする猪木の手を払って入れようとしないアクラムに業を煮やした猪木は強引に相手の腕を決めてアームドラッグに投げてから左腕をアームロック。
1ラウンドの攻防でアクラムの肩関節がいわゆるルーズ・ジョイントという極り辛い関節であることを知っていた猪木でしたが、お構い無しに自らの身体をブリッジ気味に反りながらグィッと引っ張りました。
おそらくこの時にアクラムの肩関節が外れたと思われますがアクラムはギブアップしません。
ボル一族の名誉にかけても地元では絶対にギブアップは許されなかったのでしょうか。
猪木は腕を離さずにアクラムをアームロックに決めたところで危険と見なしたレフェリーが試合をストップ。
1本目は3ラウンド1分5秒、猪木がレフェリーストップ勝ち。駆け寄るセコンドの永源遥、小沢正志、藤原喜明、エプロンには新間寿マネージャーの姿も。
この試合は3本勝負でしたが負傷したアクラムが棄権し2本目は試合放棄、2-0で猪木のストレート勝ちです。
猪木も興奮しており「折ったぞ!」とアピール。明らかに故意です。
アクラム側のセコンドがリングに上がり何やら抗議、これに対し猪木は両手を水平に上げてアピール、拳銃を持った人間がリングサイドにいるという情報が事前にあったか?
「これは1対1の果たし合いだ。戦争ではない」というアピールかと思われます。
試合後の猪木の談話を要約するとアクラムの肩関節は普通なら決まる角度でありながら手応えがない。
決まっているのに「参った」しなかったので思い切り力を入れたところボキボキッ!という音がした。おそらくもう治らないでしょう、という後年考えればいかにも猪木らしいエピソードでありますがやはり当時からすれば異常事態にあったコメントでした。
地元の英雄アクラム惨敗のニュースは翌日にはパキスタン国民の知るところとなり、暴動を危惧したプロモーター側が猪木にホテルから出ないように指示。
東スポは例によって桜井イズム爆発の記事を掲載、「猪木はパキスタンの英雄になった」とアクラムを降した猪木のあまりの強さにファンが新しい英雄を一目見ようとホテルの前に押し掛けてしまうのでプロモーター側が出てはいけない、パキスタン国民の熱烈歓迎ぶりに軟禁状態になった、という話になっていますがやはりそれなりに身の危険があったと考えるのが一般的かと思います。
また、猪木のコメントによれば異様な雰囲気となったリングサイドの観客達に対し、無意識に両手を上げる(いわゆるダーッ!の初期パターン、左肩を痛めていた猪木は後に右腕だけのダーッ!になる)をやったところ観客が急に静かになった。
これはアラーの神に対する畏敬の意を現したポーズであり、偶然にもそれで観客がおとなしくなったとのことです。
後日、猪木とボル一族の手打ちが実現、ボル一族は最強の称号である「ペールワン」の名前を猪木に送り、猪木もボル一族の息子達を練習生として新日本プロレスに受け入れる(実現はしなかった)ことで和解が成立しました。
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