モハメド・アリと猪木の20世紀最大のスーパー・ファイトの調印式の模様はUPI、AP、ロイター等の各大手通信社、ニューヨークタイムス紙、ニューヨークポストと言った新聞社等米メディアでも取り上げられました。
桜井さんのロマン溢れるファンタジープロレス頭全開となったアリvs猪木調印式一夜明けレポートを41年の歳月を経てその一部を再録しましたのでじっくりとお読み頂きたいと思います。
(ここから)一夜明けたらアントニオ猪木はアメリカ中の英雄になっていた。記者(桜井さん)はアメリカにいたからアメリカ中の英雄と感じたのだが、おそらく猪木は3月25日(日本時間26日、76年)という歴史的な日を境として世界中の英雄になっていたのではなかったか…。
「アリのビッグマウスも猪木の笑いを止めることはできなかった。アリは言葉のパンチで猪木の顎を割ろうとしたが、猪木の不思議な迫力に圧倒されて、それは不発に終わった。アントニオ猪木というレスラーは精神的なパンチでアリを圧倒し、記者会見の席上でアリを敗北せしめた。」
26日付のニューヨーク・タイムス紙にはこう書いてある。
3月26日の朝から猪木は新聞社やテレビ局の取材攻勢にてんてこ舞いになった。
猪木が宿泊先のホテルを一歩出るとタクシーがキキキと急ブレーキをかけて運転手が顔を出した。
「ハイ、トニー(アントニオの略称)…アリに勝てよ。」
道端を歩けば道行く人々が次々と握手を求め、サインを求める。
セントラルパークへ入って行けば課外授業をやっていた約200人の中学生が「アリと闘うアントニオだ。トニーだぞ」とどっと猪木を囲んでもみくちゃ。
セントラルパークの前に泊まっている馬車の馬主は「ヘイ、トニー、俺の馬車に乗ってくれ、一生の記念だ。」とすすめ、屋台を出しているホットドッグ屋とアイスクリーム屋は「食べてくれよ、トニー」と持ってくる。
「アントニオ」から「トニー」とアメリカ人から呼ばれるようになったアントニオ猪木の人気はまさに本当の本物である。
午後はテレビ局へ。アメリカでも有名なジョニー・カースンショーに出演。スタジオから帰って来ればまたアリ側との話し合いが続く。
27日まではこの繰り返しだ。28日はアメリカンエアラインでニューヨークからロサンゼルスに向かった。(ここまで)
いきなり車のブレーキをキキキという音まで立てて猪木を見に来たタクシー運転手は猪木の泊まっているホテルを知っていたのか?
200人の人数と「中学生」と一目見てわかる慧眼、馬車の親父やホットドッグ、アイスクリーム屋の露天の店主隅々にまで、「トニー」の名前は浸透していたのです。
もちろん、映像はなく、写真は残っていますがとても200人もいるとは考えにくい…。
桜井さんの筆力にはただ圧倒されるのみで、ニューヨークタイムスの記事も猪木に偏り過ぎなのは明らかですが、読んでいて本当にその場にいるような臨場感が伝わって来て想像力を掻き立てられました。
これが創作であろうがなかろうが、そんなことはどうでもいい次元の話でまさに桜井さんの真骨頂と言っていいかと思います。
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