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2017年04月27日07:44

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ファンタジープロレスの巨匠桜井康雄さん追悼(15)

76年2月6日、日本武道館で行われた猪木とウィリエム・ルスカの格闘技世界一決定戦はテレビ生中継の視聴率が34.6%を記録(ビデオリサーチ調べ)し、69年7月2日の初回放送開始以来の高視聴率を記録しました。

生中継の場合、CM、オープニング、エンディング時間を除くと正味約45分間の放送時間内に試合が終了しなかったこともしばしばありましたが、このような世間的注目度の高いビッグマッチが放送時間内に試合が終了しなかったのはやはり不満の声が多数起きるのは当然でしょう。

試合時間が3時間を超えるプロ野球中継は別として、大相撲もプロボクシングも途中で終了などということはまずなく、NHKの大相撲中継も午後6時を回ることはありましたが国営放送でスポンサーがつかない強みもあり、放送時間を延長しています。

ところが猪木はその常識を逆手に取って、放送時間内に試合が終了しないという演出を度々やってリアリティーを表現していました。

昭和時代、私達プロレスファンは「放送時間内に試合がきっちり終わるのはおかしい、(終わるように)決められているんだろう?」ということを何回も言われて来ました。

確かに時間をキッチリ決めなければそれは事実上は不可能な話です。

そこを猪木とNETは敢えて「世紀の大一番」的な試合で放送時間内に試合が終わらないように仕向け、そう言った世間の声に対抗していきました。

実際、猪木vsルスカ戦を全部見せようと思えば、生中継の開始に合わせて試合をやればいい話で、セミファイナルまでの試合時間を早めて試合開始迄に終わらせてしまうか、あるいはセミファイナルの坂口vsタイガー・ジェット・シンを後からやるとかやり方はあったはずです。

馬場の全日本プロレス、日本テレビはその辺は良識的で、馬場vsビル・ロビンソンのPWFヘビー級選手権試合(76年7月24日蔵前国技館)の生中継の時は放送開始と共にメインイベントが開始され、セミの鶴田、ザ・デストロイヤー組vsジェリー・ブリスコ、スコット・ケーシー組は後から行われています。

それを「逆取り」(試合の順番を入れ替えること、よく屋外会場で雨天時しばしば行われた。代表例としては77年8月25日全日本田園コロシアムの鶴田vsミル・マスカラスのUN戦がある)と指摘するマスコミもおらずプロレス熱戦譜も馬場vsロビンソンをメインとして報じました。

会場に来る観客よりもテレビ視聴者の方が何万倍といるわけで、馬場と日本テレビのやり方の方が正しいと思いますし、世間的にも普通でした。

予定調和を壊すのが好きだった猪木とNETはこの辺りがちょっと違い、放送時間内に試合が終わらない、視聴者のフラストレーションが溜まる、電話での問合せがテレビ局に殺到、というシチュエーションを自ら作り出していた節が多分にあります。

インターネットのない時代でしたから翌日のスポーツ新聞の売上増にも影響を与えました。

猪木vsルスカ戦は翌週の2月13日のワールドプロレスリングの中で入場シーン、セレモニー、選手コールをカットして試合の最初からノーカットで放送されました。(後半は2月5日、札幌中島スポーツセンターでの坂口、ストロング小林組vsシン、ブルータス・ムルンバ組の北米タッグ王座決定戦を放送)
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