アブドーラ・ザ・ブッチャーは前84年のブラディ・ファイト・シリーズ中盤戦に6戦だけ特別参加して以来、4か月ぶりの来日となりました。
前回の来日ではテレビ登場は9月7日、福岡スポーツセンターでの藤波戦(両者フェンスアウト)のみ。
新日本プロレスに引き抜かれた当初の81年時点では年間3シリーズ以上、15週間以上の3年契約という話でしたがそれも反故にされてしまいました。
ブッチャーが新日本で活躍出来なかった最大の理由は猪木が馬場的世界観の象徴だったブッチャーの良さを発揮させず、使い捨てにしてしまったことですが、タイガーマスク、国際軍団、維新軍らがいなくなり、従来型の日本人vs外国人のマッチメークに戻らざるを得ない状況になっており、ブッチャー自身にも最後のチャンスと言えました。
ワイルド・サモアンとケリー・ブラウンは前84年の第5回MSGタッグ・リーグ戦から2シリーズ連続参戦。
Wサモアンは前回はパートナーのハルク・ホーガンが1試合のみで帰国。公式戦に関係のない試合に出続けなければならなくなりテーマなき来日となってしまいました。
Kブラウンは前回はタイガー戸口と組んでリーグ戦に参加、不本意な成績に終わっており、今回は戸口とは敵対する感じですがインパクトを残したいところです。
ブラック・タイガーは前84年10月の闘魂シリーズ以来3か月ぶりの来日となりました。
タイガーマスクがいなくなってからの来日(84年1月の新春黄金シリーズ)から急激に覇気がなくなり、衰えを感じさせるようになっていました。
前回の来日では10月19日上越市リージョンプラザ・インドアスタジアム、11月1日、東京体育館でザ・コブラのNWA世界ジュニア・ヘビー級王座に2回挑戦して連敗。
暮れの12月28日、ニューヨークMSGで行われたダイナマイト・キッドの全日本プロレス移籍に伴い空位となったWWFジュニア・ヘビー級王座決定戦でもコブラに敗れており、完全にコブラの噛ませ犬になってしまった感は否めませんでした。
このシリーズはタイトル挑戦の機会もなく、2年8か月前の82年4月21日、蔵前国技館のリングにタイガーマスクのライバルとしてセンセーショナルに出現したブラックだけにこのまま終わってしまうのは何とも残念な話であり、もう一花咲かせて欲しかったと思います。
デーブ・モーガンは73年10月の闘魂シリーズ第2弾以来実に11年1か月ぶり2度目の来日。前回のシリーズはタイガー・ジェット・シンによる猪木伊勢丹前襲撃事件のあったシリーズですがモーガンはその中に加わっておらず。アイルランド出身の中堅テクニシャンレスラーでした。
全日本よりUターン参戦となった上田馬之助は唐突に戻って来た感じでしたが、84年5月の全日本グランド・チャンピオン・カーニバルPART�兇任魯轡鵑帆箸鵑杷肋譴諒崗紊砲茲蟠�位となったインターナショナル・タッグ王座決定戦を鶴田、天龍組と2度に亘って行い(5月20日後楽園ホール、6月8日川崎市体育館)いずれも決着がつかず。
6月1日、帯広市総合体育館では天龍のUNヘビー級王座に挑戦し反則負けとメインクラスの扱いでしたが、10月のジャイアント・シリーズではホームであるフロリダ州ペンサコーラで公私共に仲の良かったリップ・タイラーとエディ・サリバンを馬場にブッキングを以来し一緒に参戦していました。
しかしシン不在もあったかこのシリーズは前座にマッチメークされることも多くなり、最終戦の11月1日、後楽園ホールに新日本を離脱した長州力が会場に現れ、
世界最強タッグ決定リーグ戦もメンバーから外されて、シンはマイク・ショーと組んでエントリー。馬場と仲間割れしたラッシャー木村がシン、鶴見五郎と共闘していくことで自分の居場所がなくなったと判断し、人材が不足している新日本に売り込みをかけての参戦となりました。
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