テリー・ファンク最後のシリーズとなった83年スーパー・パワー・シリーズは8月19日、越谷市体育館で開幕。
スタン・ハンセン、キラー・トーア・カマタ、ブラッド・レイガンス、マニー・ヘルナンデス、リック・ハリス、バズ・タイラーがシリーズ全戦に参加。
インターナショナル・ヘビー級王者のブルーザー・ブロディ、ドリー・ファンク・ジュニアとテリー・ファンクのザ・ファンクス、テリー・ゴディが8月25日、岡崎市民体育館から31日、蔵前国技館まで特別参加。
先日、亡くなったNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王者のチャボ・ゲレロが開幕戦から8月31日、蔵前国技館まで特別参加。
ジェリー・モローが9月2日、大曲市仙北圏民体育館から最終戦の9月8日、千葉公園体育館まで参加しています。
このシリーズの注目は8月31日、蔵前国技館大会。テリー・ファンク引退試合、ザ・ファンクスvsハンセン、テリー・ゴディ組、インターナショナル・ヘビー級選手権試合ブロディvs鶴田、NWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級選手権試合チャボvs凱旋帰国の渕正伸(正信)の3大ビッグマッチが組まれました。
ハンセン、ドリーは3〜4月のグランド・チャンピオン・カーニバルPART�軌瞥茖瓦�月ぶりの来日。
テリー・ファンク、モローは2シリーズ連続参戦。
ブロディとチャボは5〜6月のグランド・チャンピオン・カーニバルPART�彊瞥茖欧�月半ぶりの来日。
ゴディは待望の初来日、前82年2月28日、ジョージア州アトランタ・オムニセンターで若干20歳で馬場のPWFヘビー級王座挑戦に抜擢されて日本にもその存在が知られるようになりました。
来日前はテキサス州ダラスのフリッツ・フォン・エリック主宰のワールドクラス・レスリングでマイケル・ヘイズ、プレーイング・マネージャーのバディ・ロバーツとザ・ファビュラス・フリーバーズでエリック兄弟との抗争を展開していた超売れっ子でした。
大型且つ14歳からリングに上がっていたという天才職人肌のレスラーで、スタイルは違えどディック・マードックと同タイプであり、その資質に惚れ込んだ馬場がオファー。
初来日ながら、テリー・ファンク引退試合の対戦相手に選ばれています。
カマタは1月の新春ジャイアント・シリーズ以来8か月ぶりの来日。
このシリーズ、テリー・ゴディ以外にレイガンス、ヘルナンデス、ハリス、バズ・タイラーの4選手が初来日を果たしています。
全日本プロレスへの来日レイガンスは2回、へルナンデス、ハリスはこの1回だけで、その後の来日は新日本プロレスになりました。
レイガンスはアマレスの強豪として知られ、アマレス出身者が好きなことで知られるバーン・ガニアにスカウトされてプロレス入り。
シューターとしてAWAでは一目もニ目も置かれ、渋い試合スタイルで玄人受けしましたが如何せん地味な存在であり、(アイアン・シークになる前のコシロ・バジリ的な存在、この人はアラビアン・ギミック等に走らず正解)現役としてよりレイガンス道場師範代として後にスコット・ノートン、ドン・フライ、ブロック・レスナーらにプロレスを教えた名伯楽の方で名前が知られており、AWA時代に一緒に働いていたマサ齋藤とのつながりから89年以降は新日本と深い繋がりを持つことになる訳です。
ヘルナンデスはテキサス州エルパソ出身のメキシコ系アメリカ人レスラーで当時26歳、テキサス州サンアントニオで活躍、来日前はミズーリ、カンザスのセントラルステーツ地区におり、ボブ・ガイゲルのブッキングで初来日。
87年以降はテキサス州ダラスのフリッツとの提携路線で新日本に来日、レギュラー外国人として職人ぶりを発揮しています。
ハリスはジョージア州を主戦場にしていた当時28歳の中堅レスラー。初来日前から全日本勢との関わりがあり、80年6月28日、馬場、鶴田が優勝したデトロイト版ワンナイト・タッグトーナメントにザ・ワイルドマンのリングネームでジェリー・オーツと組んで出場、1回戦で馬場、鶴田組に敗れています。
馬場がゴディとPWFの防衛戦を行った82年2月28日アトランタではやはり賞金25000ドル争奪ワンナイト・タッグトーナメントにモンゴリアン・ストンパーと組んで出場、鶴田、天龍組と1回戦で対戦し敗退しています。(優勝はハンセン、オレイ・アンダーソン組)
全日本から帰国した後はやはりダラスのフリッツとのルートから87年1月にブラック・バートのリングネームで新日本に来日。大味な試合ぶりが新日本ファンには受けなかったか、新日本には1度しか呼ばれませんでした。
アバランシュ(雪崩)の異名を持つバズ・タイラーはセントラル・ステーツ地区、ジョージア、フロリダで活躍していた大型パワーファイターで既に初来日の時で37歳のベテラン。典型的なNWAローカルテリトリーを渡り歩く中堅レスラーでした。
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