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2017年02月19日19:03

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ジャンボ鶴田怪物伝説(334)

83年7月13日、千歳市スポーツセンター(観衆3800人満員発表、テレビ収録)では鶴田がニック・ボックウィンクルのAWA世界ヘビー級王座に挑戦。

鶴田のAWA世界王座への挑戦はこれで4度目。79年2月14日、ハワイ・ホノルル・ニール・ブレイズデルセンターの初挑戦は1-1から鶴田の反則勝ち。

79年10月と80年3月にはニックは国際プロレスに来日、79年10月5日後楽園ホールではラッシャー木村とAWA、IWA世界ダブルタイトルマッチで反則負け防衛、80年3月31日後楽園ホールでは国際に入団したばかりの大木金太郎の挑戦を1- 1から両者リングアウトの引き分けで退けています。

ただし、このニックの国際参戦と79年11月のバーン・ガニアの国際への5年ぶりの来日は国際とAWAの業務提携復活ではなく、あくまで一本釣りによるスポット参戦でした。

80年6月22日、ミネソタ州ミネアポリス・オーデトリアムでも20分5秒、鶴田の反則勝ち。

国内初の挑戦となったのが馬場vsスタン・ハンセンの一騎討ちが行われた82年2月4日、東京体育館で実現。鶴田が何故か場外でエアプレーン・スピンをかけてしまい、16分44秒に両者リングアウトの引き分けとなり、スコアの上では鶴田の2勝1分となっています。

試合は60分1本勝負。体力に優る鶴田はグラウンドでの攻防でも優位に立ち、ジャンピング・ニーパットでニックをダウンさせると長身を利してコブラツイストで一気に絞め上げていきました。

しかしコブラツイスト(グレープバインホールド、葡萄のツル固め)と言えばニックが父親であり「相手がワルツが好きならワルツを踊れ、ジルバが好きならジルバを踊るんだ。」と教えた師匠でもあるウォーレン・ボックウィンクルから教わった得意技。64年8月の日本プロレスへの初来日ではこの技を多用していました。

鶴田のコブラを絶妙に切り返して今度はニックがコブラツイスト。これをさらに鶴田が切り返して両雄コブラの応酬。この攻防の際、レフェリーのジョー樋口が巻き込まれて場外へ転落しダウン。

レフェリーがダウンしている間、鶴田はニックに完璧なバックドロップを決めてフォールの体制へ。これは当然カウントされず。

ニックは自らロープに飛んでのエルボーバット、これは鶴田にかわされ、意識朦朧とした状態でリングに上がって来た樋口にニックのエルボーが流れて直撃。

樋口は再びダウン。鶴田はここでニックのお株を奪う足4の字固めをガッチリと決めて見せました。ニックは大袈裟にタップしてギブアップの意思表示。

ようやく意識回復した樋口レフェリーはゴングを要請。鶴田の足4の字固めによるギブアップ勝ちで王座移動かと思われましたが判定は鶴田が足4の字に入る前に、

ニックが放ったエルボーバットをレフェリー暴行と見なし、29分24秒、ニックの反則負けの判定でベルトの移動なし。鶴田はまたもやニックの術中に嵌まり、ベルトを手にすることは出来ませんでしたがこういった手法が日本では既に飽きられて来ているのも事実でした。

セミファイナルは馬場、テリー・ファンク組vsタイガー・ジェット・シン、上田馬之助組で両チームリングアウト。

天龍は石川敬士と組んでアレックス・スミルノフ、ジェリー・モロー組と対戦。天龍がモローを力強いバックドロップからの片エビ固めで天龍、石川組の快勝となっています。
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