mixiユーザー(id:21258650)

2017年02月18日23:02

307 view

ジャンボ鶴田怪物伝説(333)

83年7月12日、札幌中島体育センターのダブルメインイベント第1試合はテリー・ファンクvsニック・ボックウィンクルのノンタイトル特別試合(60分1本勝負)

元NWA世界ヘビー級王者と現AWA世界ヘビー級王者の対戦となります。

テリーは75年12月10日、フロリダ州マイアミビーチ・コンベンションセンターでジャック・ブリスコを28分、首固めで破り王座獲得。

77年2月6日、カナダ・トロント・メープルリーフ・ガーデンでハーリー・レイスのフロント式インディアン・デスロックに敗れ転落するまで1年2か月王座を保持。

ニックは75年11月8日、ミネソタ州セントポール・シビックセンターでバーン・ガニアに挑戦。

マネージャーであるボビー・ヒーナンが試合に介入したのをレフェリーのポール・パースマン(後のバディ・ローズ)が見落し、ドリル・ア・ホール・パイルドライバーからの体固めでガニアを破り王座獲得。

以来、ヒーナンを巧みに介入させてのダーティ・チャンプぶりを発揮し長期政権を構築し80年7月18日、イリノイ州シカゴ・インターナショナル・アンフィシアターでガニアに敗れ王座転落。

AWA世界ヘビー級王者のまま引退したいとのガニアの要望から81年5月10日、シカゴ・コミスキーパークでニックの挑戦を退けたガニアは55歳で引退。

社長のわがままが通用するのはオーナー企業ならではの特権ですが、ガニアはオーナー権限でニックを後継者に指名、ニックは王座決定戦を行うことなくベルトを禅譲されています。

テリーとニックは時期をほぼ同じくして世界の頂点に立ちましたが、王座在位の期間はかなり差があり、ほとんどアメリカでは接点がありませんでした。

これまで、両者が一緒のシリーズに来日したのは78年と80年の世界最強タッグ決定リーグ戦の2回のみ。

テリーはいずれもドリー・ファンク・ジュニアとのザ・ファンクスで、ニックは78年はブラックジャック・ランザ、80年はジム・ブランゼルと組んでの参加。

NWAvsAWAと話題を集めました。ファンクスvsニック、ランザ組の公式戦は78年12月5日、大阪府立体育会館で実現し、ドリーがランザを伝家の宝刀スピニング・トーホールドで破りファンクスの勝利。

テリーとニックの夢のシングルマッチは12月7日、松山・愛媛県民会館で行われ30分時間切れ引き分けとなっています。

この年の最強タッグはニックのパートナーのランザがやや弱体でした。

80年の全日本参戦時はニックはAWA世界王者ではありませんでしたが、最強タッグでのニックのパートナー、ブランゼルはランザより若く、グレッグ・ガニアとのザ・ハイフライヤーズとしてAWA世界タッグ王座を獲得していましたが、いわゆる万年関脇クラス。

ファンクスvsニック、ブランゼル組の公式戦は80年12月9日、大阪府立体育会館で実現、ドリーがブランゼルの回転エビ固めを切り返してのエビ固めでまたもファンクスの勝利。

この時はテリーとニックの夢のシングルマッチは組まれませんでした。

今回は60分、試合はジックリとしたグラウンドの攻防のクリーンな展開となり、ニックは足4の字固め、テリーはスピニング・トーホールド狙い、両雄相譲らず。

ニックがロープに飛んでのショルダータックル、テリーがもんどり打って場外に転落。ニックもテリーを追って場外へ。

リングにカムバックしようとする両者は互いに足の引っ張り合い。レフェリーのジョー樋口のカウントが進み、テリーがカウント10ギリギリでリングに先に生還。

20分55秒、テリーがリングアウト勝ちを収めました。現役AWA世界ヘビー級王者から嬉しい白星を挙げています。

鶴田はセミファイナルで天龍とタッグを組み、上田馬之助、ジプシー・ジョー組と対戦。凶器を持ち出した上田、ジョー組の反則負け。

マイティ井上とジェリー・モローの国際対決のシングルマッチが行われ20分時間切れ引き分け。

このシリーズ若手の三沢光晴の姿が見られませんが、急性肝炎の為にシリーズを欠場しています。小鹿、大熊に度々深酒を強要されたかと推測します。
6 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年02月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728