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2017年02月06日17:43

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ジャンボ鶴田怪物伝説(325)

83年6月8日、蔵前国技館で鶴田にスコアと内容で完敗したものの、ルールに救われてNWA世界ヘビー級王座を死守したリック・フレアーは帰国して直ぐの6月10日、ミズーリ州セントルイスのキール・オーデトリアムで元王者ハーリー・レイスの挑戦を受けています。

試合は60分3本勝負で行われ、1本目は11分12秒にレイスが滞空時間の長いブレーンバスター(バーディカル・スープレックス)から体固め。2本目は10分38秒にフレアーが足4の字固め。

決勝の3本目はレイスのブレーンバスターを空中で反転してバックに回り込んだフレアーの放ったバックドロップが体勢が崩れて共倒れとなり両者ダブルフォールの状態に。

レフェリーはダブルカウントを取りにいきましたがカウント3寸前で上になっていたレイスが左肩を上げました。

フレアーはレイスの下敷きになったまま動けず、6分17秒、レフェリーが3つ数えてしまい、体固めでレイスの勝利となりました。

2-1でレイスが王座返り咲きを果たしています。

これでレイスは第47、52、54、56、58、60、63代とNWA世界ヘビー級王座7度戴冠となり、ルー・テーズの6回を抜き歴代最多となりました。

しかし、初回の47代は57日間の短命王者(73年5月24日カンザス州カンザスシティでドリー・ファンク・ジュニアの4年3か月に及ぶ長期政権に終止符を打つも7月20日テキサス州ヒューストンでジャック・ブリスコに敗れた。)であり、

54代はダスティ・ローデスに5日間、56代は日本で馬場に7日間、58代も同じく馬場に6日間、60代はトミー・リッチに4日間ベルトを明け渡したのが実情でした。

これは「ベルトのレンタル」と呼ばれ、時代は違えどテーズのそれとは比較にはなりませんでした。NWA世界ヘビー級王座の権威を地に落したのはレイス、と言われてから何度も短期での返り咲きをしています。

この記録ですが、後にフレアーがNWA(WCW)、WWF通算で16回王座獲得をしており、またWWF(WWE)が時間単位でのタイトル移動劇を行ったことで記録自体の意味を為さなくなってしまいました。

一方、サム・マソニック元NWA会長が代表を務めていたセントルイス・レスリング・クラブでリングアナウンサー兼マッチメーカーをしていたラリー・マティシックは82年の元日にマソニックが高齢の為にプロモーターを引退すると、地盤を引き継いだパット・オコーナー、レイス、ボブ・ガイゲルらのやり方に不満を表し独立。

マティシックは5月26日テキサス州サンアントニオでSCW認定世界ヘビー級初代王座決定トーナメントを開催し、この年3月に新日本プロレスのリングでタッグを組んで活躍したアドリアン・アドニスとカウボーイ・ボブ・オートンが勝ち残り、アドニスがオートンを破って初代世界王者になっています。

サンアントニオ版の世界王座のベルトはNWA世界ヘビー級のベルト(レイスモデル)に酷似したものでした。

アドニスの勝利者会見の席には立会人としてテーズが同席しマスコミの前で「アドニスの王座こそが真のユニファイド(統一)世界王座である」とお墨付きを与えてしまっています。

結果的にこれが翌84年に勃発するビンス・マクマホンのテリトリー侵攻によるレスリング・ウォーが開始される小さな「綻び」になってしまった訳です。
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